未来の皇帝からの頼み
晴れ渡る安息日。
ラインハルトはヴィクトリアが帝都を案内してくれる為に支度をして校門前で待っていた。
支度と言っても士官候補生は外出時に於いても候補生の制服を着る決りになっている為に、差し当たって何かを準備する事が無い。
その為ラインハルトは準備を終えて「行こうか」と部屋に居るヴィクトリアに声を掛けようしたが、レベッカに「アルムルーヴェ候補生には用があるから、悪いけどラインハルト候補生は先に校門で待っていなさい」と言われてしまった。
しかも、「模範生徒命令です」と念の入れようだ。
模範生徒命令と言われ仕方なくラインハルトは校門で待つことにしたのだ。
もちろん、ベアトリクスから渡された物も一緒に持ち出した。帝都なので大丈夫と思うが、一応は腰に忍ばせておくことに。
帝国ではやはり黒髪の人間は目立つのか、行き交う人からの視線を感じる。
慣れてはいるが、やはり気になる物でラインハルトは髪を少しでも隠そうと思い、制帽を被った瞬間に後ろから声がした。
「なんだ、数少ないお前の特徴を隠すのか?」
「ヴィッキー!? えっと……帝国では余り歓迎されてないみたいだから」
ラインハルトの前に立っているヴィクトリア。
格好はラインハルトと同じだが、なんだかヴィクトリアの方が様になっているのに情けなく思ってしまう。
黄金に輝く髪色に、両耳にはアイスブルー色のイヤリングはいつもの通りなのだが、何か感じがいつもと違う。
何となくだが、いつもと雰囲気が違う。
「前にも言っただろ、私は気にしてないと。それに私はお前の髪色が好きだ。顔はともかくな」
「あはは、顔はともかくか……」
違う意味だと分かってはいたが、好きだと言われた時は一瞬だが心が踊ってしまった。だか、すぐに顔はともかくと言われてしまうと踊った心が一瞬で沈没してしまう。
「だから私といる時は制帽を被るな。それでは不満か?」
「とんでもないよ。ヴィッキーの望みのままに」
わざとらしく制帽を脱ぎながら頭を下げるラインハルトにヴィクトリアはいつもの様に言い放った。
「バカ」
いつもと変わらないやり取りを済ませると、ヴィクトリアは帝都案内を始めた。
帝都ユグドラシルは帝国の中心地だけとあって、ラインハルトの住んでいた所とは違い洗練されている。
車も多いが、何より人が多い。
映画館や劇場もあれば、巨大な電波塔なる物も建設している。
「それで、帝都の何が見たいんだ? 何か目星はついているのか?」
「えっと……」
ヴィクトリアの質問にラインハルトは言葉に詰まる。
何せ帝都に何が在るかも知らないのだ。だから何を見たいと言われても、何を見たいのか分からない。
そんな心の内幕を読み取ったのか、ヴィクトリアの鋭い視線がラインハルトの体を刺す。
「まさかお前……見たい物すら分からないと、よもや言うまいな?」
「あはは……流石ヴィッキーだね」
ラインハルトはわざとらしく愛想笑いするが、ヴィクトリアからは溜息を吐かれてしまう。
「バカ。そんな事で誉められても嬉しくないからな」
「いや~僕の事がよく分かっているって思ったんだよ」
「考えなくても分かる。その締まりの無い顔に書いてあるからな」
左手を腰に当てて、体を少しだけ前のめりさせながらラインハルトを指差す。
「そりゃ凄い。きっとそれなら将来は元帥に間違いなくなれるね」
ラインハルトの未来予想の言葉に、ヴィクトリアは自信満々に付け加えた。
「少し違うな。私の将来は大元帥だ!」
確証も無いのに高らかに言い誇るヴィクトリア。その自信満々な表情を見ていると、あながち遠い未来とは思えないとラインハルトは感じた。
「そうだったね。君ならなれるよ、きっとね」
「あぁ。それに皇帝に即位する時は、お前に頼みたい事があるしな」
「僕に?」
珍しくヴィクトリアが人に頼みたいと言った事にラインハルトは驚いた。
何せ彼らは『傲慢にして、強欲の黄金獅子』と言われる一族。
おまけに上から目線で、たまに鼻につく一族とラインハルトは付け加えたかったが、若獅子に噛み殺され兼ねないと考え、そっと心の深海に沈めた。
「皇帝に即位する時は戴冠式があるのは知ってるな?」
「まぁ……」
「戴冠式で、ある命令を新皇帝は出さなくてはいけなくてな。その最初の命令というやつは、誰に新しい皇帝の即位を一番近くで見てもらうかというやつだ」
「へ~そうなんだ。うん……? ちょっと待って嘘でしょ!? それを僕に!?」
あまりに平然と大役を任せると言うヴィクトリアにラインハルトは思わず理解するまでに時間がかかった。
驚いた表情をするラインハルトにヴィクトリアが迫る。
「なんだ嫌なのか? せっかく歴史好きのお前の為にわざわざこの私が頼んでるんだぞ」
その上から目線の言い方が正しく『傲慢にして、強欲の黄金獅子』らしい。
「とんでもない。僕で良ければ喜んでやらせてもらうよ。未来の皇帝陛下」
「うん、絶対の約束だからな。言っとくが、我らアルムルーヴェは約束を破る奴も嫌いだからな」
そう言うとヴィクトリアは左手の小指を差し出した。ラインハルトもそれが指切りだと分かり、右手の小指を差し出して結ばせる。
「了解。じゃ死なない様に生きないといけないね。死んだら君との約束も守れないし、君に嫌われるのは出来れば避けたいからね」
いつもの様に締まりの無い顔で真実味に欠ける話し方にヴィクトリアは背中を向けて言った。
「そうするがよい。私としても他の奴に頼む気はしないからな」
「それは光栄の極みだね。ヴィクトリア・フォン・アルムルーヴェ皇帝陛下」
「気が早いぞ、バカ。お前ではないが私もうっかり死ぬのはごめんだからな」
振り返り様に笑いかけるヴィクトリア。
その表情を見て、不意にラインハルトはこの笑顔の少女を守りたいと思った。
そしてラインハルトは、ある疑問をヴィクトリアにぶつけた。
「ねぇヴィッキー。どうして僕が歴史好きだと分かったの?」
ラインハルトの疑問にヴィクトリアは頬をほんの少しだけ赤らめては指を指して抗議した。
「お前が私に言っただろうが! 将来は歴史研究家に成りたいと。それに毎夜毎夜と歴史の本を読み漁っていれば嫌でも分かる。本を読む明りが眩しくて、お陰で私は睡眠不足なんだからな。男として責任を取れ! 責任を!」
白昼の帝都。それも大勢の人が行き交う中、男として責任を取れ!と言った瞬間に人々の視線が一気に集まったが、当の二人は全く気付かず会話を続けた。
「それはごめんね。でも嬉しいよ、ちゃんと覚えていてくれたんだ」
「当たり前だ。我らアルムルーヴェは記憶力が良いからな」
「じゃその記憶力に感謝だね。本当に嬉しいよ、ありがとう」
純粋無垢なラインハルトの笑顔にヴィクトリアは照れくさくなったのか、赤くなった顔を隠す様にそっぽを向いて呟く。
「バカ」
ヴィクトリアの様子がおかしいと思い、顔を覗こうとしたラインハルトだったがあっさり逃げられてしまった。
「なんでも無いから早く行くぞ! お前の所為で貴重な安息日が無駄になるからな」
小走りで歩くヴィクトリアの後をラインハルトは追い掛けた。
「分かったよ。お礼に好きな物奢るから機嫌直してよ」
ラインハルトの言葉にヴィクトリアの歩みがぴたりと止り、振り返り様に言い放つ。
それはそれは『傲慢にして、強欲の黄金獅子』らしく、上から目線の言葉だが不思議と嫌な気分はしない可愛らしい表情で言った。
「ならばパフェを所望する!」




