第九話「夜伽 ―脚―」
「あの後…どうなったんだ…。」
猿の手を奪われ、勝手に使われたはずの夜伽は知らないうちに帰還し輸送任務を無事に果たせたことになっている現実に困惑していた。
「長」の話によると、半透明粘性流体が若干付着していたものの、猿の手自体は無事関東支部へと送り届けられたとのこと。「長」は半透明粘性流体が私の身体に毒として作用し、記憶に欠損が生じたのではないかと推測なさっているが…。
ではなぜ「長」は全身が絡繰人形となっている人間と半透明粘性流体でできた人間の存在を私の報告で把握しておきながら、今回もこの花崎高校2階廊下の護衛任務に就かせているのだろうか…?
「ねェ『夜伽』ィ…アンタの名前、なんて意味か知ってるゥ?」
てけてけ。怪異連合関東支部に新しく配属される怪異であり、今回の護衛対象である。
「通夜の付添人でございます。」
私は頭の片隅で「長」について考えながら淡々と答える。まだ疑問は晴れない。
「セックスだよ!!セックス!!!アンタみたいな裏切り者の半人間にはちょうどいい下賤な名前ね!!!!」
てけてけは途端に大声で笑い始めると、すぐさま真顔になった。
「アンタ、アタシのこと舐めてるでしょ。」
「と、言いますと。」
「さっきから別のこと考えてるの丸わかりなのよ。半人間風情が。」
てけてけは悪辣な笑みを浮かべながら夜伽の顔に痰を吐く。
私は怒りを抑え、ぎゅっと拳を握るのだった。
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てけてけ。腰から下の胴体がない怪異であり、遭遇すると下半身を奪われるとされている。そして一番の特徴が…。
「この話を聞いた人の所にも現れるのです!!!!!!」
クミが懐中電灯を下から照らす。スライム人間だから光が透き通っているがいいのか?
花崎高校百八十不思議ケース6、深夜の廊下に現れるてけてけ。
まだ「花崎高校七不思議」と呼ばれていた時代からある逸話で、「トイレの花子さん」や「動くホルマリン漬け」と並んでうちの高校の代表的なホラーになっている。かくいう私もオカルト研究会に入るまで知らなかったが。
そもそも下半身を奪われたところで私もクミもなんのデメリットもない。サイボーグとスライム人間である。ノーダメージだ。
それでは早速深夜の学校に忍び込もうじゃないか。
毎度のごとくクミを背負ってジェットパックで校門を飛び越える。
今回はクミによると腕による高速移動が予想されるということ。夜伽のように高速移動をする相手では従来の飛び道具が通用しない。そのため初の軽量格闘ボディである。なんだか身体が軽くなったような、よく寝た日の後のような気分でかなり気分が良い。クミも珍しく上着を羽織って暖かそうだ。
コツ、コツと夜中の廊下を二人で歩いていく。もはや日常茶飯事だ。もう今や怪異が出ようと宇宙人が出ようと何が出ようと何も怖く…。
いて。
クミに首根っこを掴まれる。指を差す先には見回りのおじさんが懐中電灯を持って歩いていた。あっぶない…。
おじさんが施錠して帰るのを確認した後、私はお得意のピッキングで鍵を開ける。
いよいよ舞台の2階廊下にたどり着いた。あとはてけてけを調査するだけである。
「いたいたァ!!!!!獲物よ獲物ォ!!!」
てけてけがこちらに目を向けて一目散に腕を走らせる。クミを逃がし、私は一点集中。インストールした太極拳の構えで相手を捉え、呼吸を整える。
「デヤア!!」
私の足技がてけてけに決まった。はずだった。
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いない。見渡してもてけてけ女史の姿がない。護衛対象を見失うなんてことは今までなかったのだが。
「あなた…。」
あれは。絡繰人間の相方の半透明粘性人間ではないか。
彼女を見ていると何故だか頭に鈍い痛みが走る。何か大事なことに関係しているような。大事だったこと忘れちゃってるような。
いかんいかん。「長」から頂いた薬を飲まなければ。
「貴女も面妖な身体をしているようだ。怪異連合傘下に入らないか?」
「怪異連合?」
彼女は状況を理解出来ていないのか豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「怪異たちが集まり保護し合う連合だ。もう人間を気にしなくてもいいんだ、気を揉む必要なんてないんだ。人間の悪性は見てきただろう?人間どもに交じって、外見で蹴落とされる世界。そんな地獄より我ら怪異が支配する、完全で完璧な『長』が支配する世界に共に歩もうではないか。」
私は必死に説得した。粘性人間など人間社会で受け入れられるはずがない。では怪異社会で保護するしかないではないか。
「…だ。」
「何だ?怪異連合に参加するのであればまずは出雲の本部へ…。」
「嫌だ!!あたしは!!タケウチちゃんの!!!大事なオカルト研究会の!!!!仲間だから!!!!!!」
そう叫んだ粘性人間は廊下の暗闇の奥に消えてしまった。私はとぼとぼとその後ろ姿を追いかけるしかなかった。
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「アンタ、アタシに足技なんて…。甘いわ。」
てけてけがそう呟くと、脚部のヒューズが切れて動かなくなる。そうだった。てけてけは脚を奪う怪異。「脚を奪われた」。いくら相手が高機動だからとて格闘技で迎え撃つのは流石に分が悪かったか。判断ミスだ。
「タケウチちゃん!これ!!」
ドローンを投げてくれるクミ。サンキューと片手で掴み、油断しきったてけてけの顎に強力な右フックをお見舞いする。
「アンタ…。乙女の大事な顔にやってくれたわねェッ!?」
睨むてけてけに、黒い影が割って入るのだった。
「てけてけ女史。護衛しにまいりました。」
「半人間の出来損ないが今更何の用~?」
「今回のご依頼は関東支部への案内だったはず。どうぞ、こちらへ。」
今回は夜伽のおかげで助かった、とばかりに改良型催涙ガスを撒き撤退する私とクミなのだった。
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「任務成功。矢文を飛ばすのが習わしとなっております故構いませぬね?」
私は本部へ矢文を書く。舌打ちをするてけてけは明らかに不満そうだった。
矢文を括り付け、飛ばそうとした直前。てけてけは矢を掴んでへし折り始めた。
「任務失敗ってことにしてあげる♡怪異連合さんからどれだけぶんどれるかなァ!!!アハハハハハ!!!!」
「左様にございますか。」
ドサリ。
「申し訳ありません『長』、任務失敗でございます。」
肉片となったてけてけを背後に、私は矢文を飛ばす。
なんだか粘性人間の勧誘に失敗したことが何か心に残る。そういえば、私はどのように勧誘されたのだろうか。思い出そうとしたのだが全く思い出せぬ。
ただただ戸惑うしかない夜伽だった。




