第七話「レプティリアンの哀しみ」
タケウチちゃんの記憶がなくなっちゃった。
これまでいっぱいピンチを乗り越えてきたのに、ようやく仲良くなったのに。
廊下での戦いから世界のピンチまでいろいろ救ってきたのに。
「大丈夫っすか?顔色悪いですよ?いつも水色なのになんか緑色になってるように見えますけど。またあの時みたいになんかあったんですか…?」
緑とピンクのマグカップをもってきてくれた彼はオカルト研究会会計担当のレプティリアンくん。オカルト研究会創設時からのメンバーで、無理言って会計係になってもらった。
タケウチちゃんが記憶を失った理由はきっとあの時あたしが猿の手に願っちゃったからだ。
「コーヒーでも飲んで落ち着きましょ。ほら。」
あたしはピンクのマグカップを持ってぽろぽろ泣いてしまった。こっくりさんの時にタケウチちゃんと一緒にコーヒーを飲んで笑ったあの日。溶鉱炉で十円玉と紙を溶かして一緒に廊下で追いかけられたあの日。
「何があったかは聞きませんが、くよくよしている顔は見たくないですよ。怪異絡みなら俺は関わらないですけど。」
レプティリアンくんは会計係になる時に「怪異には絶対に関わらない」という約束をしていた。本人曰く命が惜しいからだそうだけど、もったいないな。
ガラガラガラ。
「失礼する。不明瞭なデータがあった。そのデータは…。『オカルト研究会.data』」
私はオカルトなど信じないが、不明瞭なデータの復元の方法を模索している。と続けるタケウチちゃんは別人のようだった。
「初めまして。隣のクラスの新井久美さんと山田リオンくん。」
初めて名前を呼ばれたと感慨無量のレプティリアンくんは置いといて、フルネームで呼ばれたあたしはどうすればいいかわからなかった。
「まあまあ、ゆっくりしてくださいな。コーヒー飲みます?」
レプティリアンくんはタケウチちゃんのタンブラーを受け取り、コーヒーを注いだ。
もう見てられない。タケウチちゃんなのにタケウチちゃんじゃない。こんなのタケウチちゃんじゃないよ。私はオカルト研究会の扉をバンと開けると、どこに行くでもなく走っていくのだった。
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俺は山田リオン。レプティリアンだ。普通の人間に擬態しているが、顔があまりにもレプティリアンまんまなのでレプティリアンくんと呼ばれている。
タケウチさんについては風のうわさでざっくり聞いているが、自らの身体をサイボーグに改造した天才技術者だという話を聞いている。堅物そうだが人の話はちゃんと聞いてくれそうだ。
そういえば話したことがなかったためこの機会に相談の一つでもしてみよう。
「タケウチさん。ちょっと相談があるんですけど。」
「初対面で相談とは。なかなか興味深い人間だ。聞こうじゃないか。」
「実は…クミちゃんに片思いしてるんです。」
ほう。片思い。とても面白い。と興味津々のタケウチさん。
人間の感情ほど非合理で複雑なものはないからなと続ける。
「じゃあ逆に教えてくれ。『好き』とは何だ?」
タケウチさんがこちらをじっと見ている。
「『好き』の定義…ですか?」
そうかも。「好き」ってそもそもなんなんだろう。考えたこともなかった。
「わかりました!行ってきます!」
何が分かったのか知らないが、部員全員がどっかに行ってしまうとかオカルト研究会はどうなってるんだとタケウチさんは頭を抱えていた。
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「本題から言いますと…ずっと好きでした!付き合ってください!」
あたしが屋上で半分溶けていると、レプティリアンくんが急に告白してきた。
それどころじゃないのは知ってるくせに。あたしの気持ちも知らないで。
「俺、わかったんです。『好き』ってのは相手を大切に思うことだって。」
だから辛い今こそ、支えとして役に立ちたいんですと言うレプティリアンくんの目は本気だった。
んー…。「『好き』ってのは相手を大切に思うこと」…か。あたしの知ってるタケウチちゃんはあたしのことを大切に思ってくれてた。何もできてないあたしのこと守ってくれて、ドローンまで用意してくれていた。それが「好き」じゃなくてなんなんだ。
「ありがとう…。」
一瞬微笑むレプティリアンくん。でも。
「でもごめん!あたしもわかったから!!」
流れるようにレプティリアンくんを振り、あたしはタケウチちゃんが待っているオカルト研究会に向かって走るのだった。
結論から言うと、タケウチちゃんのデータ復元作業は夜まで続いた。
でも。相手を大切に思うこと。恋愛問わず『好き』ということはこういうことだとレプティリアンくんは言っていた。
一緒に部室までついてきたレプティリアンくんはしなしなになっていた。それでも協力してくれるのはやはり恋愛的に好きである以前にオカルト研究会としての仲間だと思っているのだろう。
「で、私は君と怪異研究を続けてきていて猿の手によってデータが吹っ飛んだ、と。」
タケウチちゃんは信じていなさそうだ。無理もない。最初はあんな合理性の塊みたいな人間だったもんね。
ガタッ。ガタガタッ。
廊下から音がする。
「俺巻き込まれたくないんですけど!!」
レプティリアンくんは半狂乱になっている。
「行くよ!タケウチちゃん!」
タケウチちゃんの首根っこを掴んでドアを開ける。
あまりの勢いに目を白黒させているタケウチちゃんと一緒に廊下を飛び出していった。
「私、綺麗?」
廊下にはニタっと笑いながら巨大なハサミを持った口裂け女が立っている。
「うまいコスプレだな。そのハサミもリアルだ。」
そんなこと言ってる場合じゃないよ。と無防備なタケウチちゃんを嗜める。
「綺麗と答えるのが定石だが…。ここは逆のこと言ったらどうなるんだ?」
噓でしょ。タケウチちゃんの好奇心を舐めてた。
「やーい、不細工。」
あーあ、言っちゃったよ…。
「ねえええええええええ!!!!!!タケウチちゃん!!!なんとかしてよ!!!!!」
「ただのハサミを振り回してるだけの異常者だ!!!武力で制圧する!!」
催涙ガスも粘着ネットも当然効かない。タケウチちゃんはパニックになっているみたい。
「マニガトリングは?盟神太刀は!?ねえ!!!!」
「なんだそれ!よくわからない武装なら外して家に置いてきたが!!」
タケウチちゃんのバカ!!!
ガンッ。
口裂け女のハサミがタケウチちゃんの脳天を直撃する。
一瞬ザ…ザザ…と顔面のディスプレイが砂嵐になり、再起動したタケウチちゃんがニヤリとほほ笑む。
「あぁ…思い出したよ。レプティリアンのおかげでデータ復元率100%だ。」
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レプティリアン。文明をもたらすと言われている存在。俺はそんなレプティリアンの端くれとして、高い能力を活かし日々オカルト研究会の会計を支えている。顧問もいない、非公認の活動なのにこの研究会が潰れていないのは俺のおかげである。
クミ、トキコ、俺。いたの?と言われることもあったが、三人の創立メンバーの大事な一人でありみんなもそう思ってる…と信じている。
で、今回はデータ解析だ。タケウチさんの記憶領域を見ていたのだが、不自然な「縺医?縺翫?縺医〓縺代?縺??繧上>.exe」というファイルがあり、データが削除された履歴がある。一か八かそのデータを復元し、あとは再起動するだけ。家に帰って再起動するはずだったのだが。
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「再起動完了。行くぞクミ。反撃の時間だ。」
私の記憶データは技術的には簡単にいじれるようになっている。もしも今回のように私がおかしくなってしまった際にメンテナンスをしやすくするためだ。私が合理的なおかげで助かった。
百八十不思議メモには弱点としてポマード、べっこう飴、犬が挙げられていたが…生憎持ち合わせていない。こうなったらどうするか?作るしかないだろう。
「クミ!べっこう飴の作り方は覚えてるな!」
口裂け女を挑発しおびきよせながら理科室にクミを向かわせる。
相手はハサミによる物理攻撃。脳天やうなじを的確に狙ってくる。しかしサイボーグであり、夜伽との戦いを経た私にとって見切るのは容易い。
「できたよ!これ!」
口裂け女がべっこう飴に意識を奪われる。その隙にハサミを奪い、ぼさぼさのロングヘアを整えてやった。理科室は途端に美容室に変わる。腕を変形させたドライヤーで乾かす。
「これで綺麗になりましたよ。再起動のお礼だ。」
そう返すと、口裂け女は今回は見逃すとばかりに目線を逸らし、お言葉に甘えてみんなでべっこう飴を舐めながら帰るのだった。




