第六十四話 符合
宿に戻ったリィナとカイエルを、ユリオとロトが、心配そうな面持ちで出迎えた。
「無事だったか!」
ユリオが、真っ先に駆け寄ってきた。
「ああ、なんとかな」
疲労の色を隠せないカイエルの様子に、ユリオは、安堵の息を吐いた。
「それで、何かわかったのか」
その問いに、リィナは、静かに頷いた。
「ええ。今から、詳しく説明するわ」
◇
朝食を挟みながら、リィナとカイエルは、昨夜の書庫で見つけた記録の内容を、丁寧に語っていった。
「制度の設計者と、ゼルギアの正体が、同一人物である可能性が高い、ってことか」
ユリオが、真剣な面持ちで、これまでの話を頭の中で整理しながら呟いた。
「ええ。エルフの伝承と、記録の内容を照らし合わせると、驚くほど一致するの」
リィナは、手元のメモを広げながら、丁寧に説明を続けた。
「まず、彼が辺境出身であること。色を持たない、規格外の紋を持っていたこと。そして、理論を完成させた後、鑑定院との関わりを絶ったこと」
「エルフの話だと、その後、集落を訪れて、それから、旧ヴェルニア領の崩壊に繋がったんだよな」
ユリオの確認に、カイエルが頷いた。
「ああ。記録にも、約三十年前の崩壊との関連が、示唆されていた」
その符合に、ユリオは、改めて、これまで積み重ねてきた情報が、一つの真実へと収束していくのを、実感していた。
「時期的にも、辻褄が合うわね」
リィナが、羊皮紙に、時系列を書き出しながら、丁寧に整理していった。
「理論の完成から、制度としての正式採用まで、数年の間があったはず。そして、その後、彼自身の紋が規格外だと再検証された。恐らく、その頃から、彼の孤独と絶望は、深まっていったのでしょうね」
「エルフの集落を訪れたのも、その時期と重なる」
カイエルの補足に、リィナは、深く頷いた。
「彼は、答えを求めて、様々な場所を彷徨っていたのかもしれないわ。自分がなぜ、こんな紋を持って生まれたのか。自分の作った制度が、なぜ、自分自身を救ってくれないのか」
その推察に、その場にいた全員が、重い沈黙で応えた。あまりにも痛ましい、一人の男の孤独な軌跡が、断片的な記録の中から、少しずつ、姿を現し始めていた。
◇
「一つ、気になることがあるの」
リィナが、ふと、真剣な表情で切り出した。
「なんだ?」
「記録には、『提供者本人の強い希望』で、名前が伏せられた、と書かれていたわ」
「それが、どうかしたのか」
「もし、本当に彼自身の希望だったとしたら――なぜ、そこまでして、自分の存在を消したかったのか。その理由が、気になるの」
その疑問に、カイエルも、考え込むように腕を組んだ。
「単なる建前という可能性もある。組織が、都合の悪い事実を隠す際、よく使う言い回しだ」
「ええ、それも十分考えられるわ。でも、もし本当だったとしたら……」
リィナの声が、少し沈んだ。
「それだけ、深い孤独と、絶望を抱えていた、ということなのかもしれない」
その言葉に、ユリオの脳裏に、エルフの集落で聞いた話が蘇った。理想を実現すればするほど、自分だけが取り残されていく矛盾。誰にも理解されなかった孤独。
「その気持ち、なんとなく、わかる気がするよ」
ユリオの呟きに、その場の空気が、一瞬、重くなった。
「お前と、重ねているのか」
カイエルの問いに、ユリオは、静かに頷いた。
「ああ。他人事だとは、どうしても思えなくてさ」
その言葉に、リィナは、優しくユリオを見つめた。
「でも、あなたには、私たちがいるわ。彼とは、違う」
その力強い言葉に、ユリオは、静かに頷いた。
「あの……一つ、聞いても、いいですか」
それまで、黙って話を聞いていたロトが、遠慮がちに、小さく手を挙げた。
「その人は……悪い人、なんでしょうか」
その、子供らしい、しかし、まっすぐな問いに、大人たちは、一瞬、言葉に詰まった。
「正直、わからないわ」
リィナが、慎重に、言葉を選びながら、答えた。
「今の『ゼルギア』は、間違いなく、危険な存在よ。でも、そうなる前の彼は……理不尽に苦しめられて、それでも、誰かのために理論を作ろうとした人だった。少なくとも、記録から見える限りは、ね」
「そうですか……」
ロトは、小さく、頷いた。
「なんだか、悪い人だって、決めつけたくないなって、思ったんです」
その言葉は、幼いながらも、この場にいた誰の胸にも、静かに、深く、残った。
◇
「それで、これから、どうするんだ」
ユリオの問いに、カイエルが、真剣な表情で答えた。
「今回得た情報を、然るべき形で、鑑定院に突きつける必要がある。だが、非公式に入手した情報である以上、扱いには、慎重を期さねばならない」
「証拠として、そのまま使うのは、難しいってことか」
「ああ。フェルドさんの立場も、守らねばならない」
その説明に、ユリオは、納得したように頷いた。
「じゃあ、この情報は、どう活かすんだ」
「まずは、確度を高めることだ。他にも、裏付けとなる証拠を、集める必要がある」
カイエルの方針に、リィナも、深く頷いた。
「反対派の存在も、気になるところね。この件を、意図的に隠蔽してきた勢力が、鑑定院内部にいるはずよ」
「その正体を、突き止める必要があるな」
その言葉に、一同は、これから続く調査の道のりの長さを、改めて実感していた。
「協力してくれる奴を、もっと増やせねえかな」
ユリオの提案に、リィナは、少し考え込んだ。
「フェルドさんの他にも、内部に賛同してくれる者がいれば、心強いわね。でも、迂闊に声をかければ、それだけ、露見の危険も増える」
「難しい判断だな」
「ええ。でも、少しずつ、探ってみる価値はあると思うわ」
その方針に、カイエルも、静かに頷いた。
「私も、家門の伝手を使って、慎重に情報を集めてみよう。表立った動きにならないよう、注意しながら」
それぞれが、それぞれのやり方で、この闘いに向き合う覚悟を、改めて固めていった。
◇
その夜、ユリオは、一人、これまでの経緯を、静かに振り返っていた。
(灰色の紋を持つ、規格外の男。制度を作り、そして、それに追い詰められた……)
その存在が、自分自身の未来と、どこか重なって見えることを、ユリオは、否定できずにいた。
窓の外に広がる、王都の夜景を見つめながら、ユリオは、これまでの旅で出会ってきた、様々な人々の顔を思い浮かべた。ガレオン、ミラ、リィナ、カイエル、ガイ、ロト――一人一人の顔が、脳裏に浮かんでは、消えていく。
(あいつには、いなかったんだろうな。こういう繋がりが)
制度の設計者――孤独な男の物語には、支えてくれる誰かの存在が、あまりにも希薄だった。だからこそ、あれほどの絶望に、飲み込まれてしまったのだろう。
「なあ、爺さん」
誰にともなく、そう呟く。この事実を、ガレオンに伝えたら、彼は、何を語ってくれるのだろうか。まだ多くを語らない師の姿を思い浮かべながら、ユリオは、静かに、これから訪れるであろう、真実との対峙に、心の準備を整えていった。
扉を叩く音がした。
「入ってもいい?」
リィナの声だった。
「ああ、どうぞ」
部屋に入ってきたリィナは、少し心配そうな表情で、ユリオの隣に腰を下ろした。
「難しい顔してるわね」
「色々考えちゃってさ」
「話してくれる?」
その優しい問いかけに、ユリオは、静かに、胸の内を語り始めた。制度の設計者への共感、そして、自分自身の未来への不安。それら全てを、リィナは、じっと耳を傾けながら、聞き入っていた。
「あなたは、彼とは違うわ」
全てを聞き終えたリィナが、静かに、しかし確かな口調で言った。
「なんでそう言い切れるんだ」
「あなたには、私たちがいるから。それだけよ」
その簡潔で、力強い言葉に、ユリオの胸の奥にあった不安が、少しずつ、溶けていくのを感じた。
「……ありがとな」
「お礼を言うことじゃないわ」
その温かいやり取りに、部屋の空気が、少しだけ、穏やかなものへと変わっていった。
符合していく事実の数々。それは、真実へと近づく確かな一歩であると同時に、避けられない運命への予感をも、強めるものだった。それでも、この夜、ユリオは、一人ではないという事実を、改めて、確かに実感していた。
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