↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/71

第三十一話 森の民、再び

街道を進みながら、ユリオは、ずっと考えていることがあった。


「なあ、リィナ。ちょっと提案があるんだけど」


「何かしら」


「王都に行く前に、一度、エルフの集落に寄れないか?」


 その申し出に、リィナは意外そうな顔をした。


「急にどうしたの」


「前に、村の近くの森で会ったエルフが、俺の紋のことで、意味深なことを色々言ってたんだ。『同じ道を辿るつもりがないなら、力の正体を自分で見極めろ』って。あの時は、それ以上何も教えてくれなかったけど……もっと詳しい話が聞けるかもしれないと思ってさ」


「なるほどね」


 リィナは、少し考え込むように顎に手を当てた。


「実は、私も気になっていたことがあるの。老司祭の手記に記されていた、灰色の紋にまつわる言い伝え。あれも、元を辿れば、エルフの言い伝えに由来している可能性があるわ」


「じゃあ、決まりだな」


 二人のやり取りを聞いていたカイエルが、口を挟んだ。


「王都への到着が遅れることになるが、構わないのか」


「情報の重要性を考えれば、多少の遅れは許容範囲のはずです。それに――」


 リィナは、真剣な眼差しでカイエルを見た。


「ユリオの力の正体が、ゼルギアの脅威に対抗する鍵になるかもしれない以上、その手がかりを得ることは、決して回り道ではないはずです」


 その論理的な説明に、カイエルはしばらく考え込んだ後、頷いた。


「わかった。だが、あまり長居はできんぞ」


「もちろんです」


 こうして、一行の旅路に、予定外の寄り道が加わることになった。


   ◇


 街道を外れ、鬱蒼とした森へと踏み込んでいく。馬での移動が難しくなり、一行は途中から徒歩に切り替えた。


「エルフの集落って、どの辺にあるんだ?」


「正確な場所はわからないわ。でも、以前会ったエルフが、この方角の森の奥深くに、大きな集落があるという話をしていたはずよ」


「本当に見つかるのかね、これ」


 私兵の一人が、不安げに周囲を見回した。深い森の中は、木々が生い茂り、進むべき道すら判然としない。


 カイエルもまた、慣れない森の中の移動に、わずかな苛立ちを滲ませていた。


「効率の悪い道行きだな」


「文句言うなよ、あんたも来るって決めたんだろ」


「決めた以上、文句を言うつもりはない。ただの感想だ」


 軽口を叩き合いながらも、一行の足取りには、確かな緊張感があった。森の奥へ進むにつれ、空気が徐々に変わっていく。木漏れ日の色合い、鳥のさえずりの質感、足元の苔の柔らかさ――全てが、人里とは違う、独特の静謐さを帯びていた。


「なんか、この森、人間の来る場所じゃない感じがするな」


 ユリオが、ぽつりと呟いた。


「その感覚は、正しいわ。エルフの縄張りには、彼らなりの結界のようなものが張られていると聞いたことがある」


「結界って、俺たち大丈夫なのか」


「さあ。招かれざる客として扱われないことを願うしかないわね」


 その不安を裏付けるように、木々の合間から、複数の視線が、一行の動きをじっと追っているような気配が漂い始めていた。


「――招かれざる者には、決して道を示さないものだ」


 不意に、聞き覚えのある声が、木々の合間から響いた。


「――あんたは!」


 ユリオが振り返ると、そこには、以前会ったあのエルフが、静かに佇んでいた。


「まさか、また会えるとはな」


「お前が、私に会いに来るとは思っていなかった」


 エルフは、感情の読めない表情で、一行を見回した。


「連れがずいぶん増えたようだが」


「色々あってさ。あんたに、もっと詳しい話を聞きたくて来たんだ」


 ユリオの率直な物言いに、エルフはしばらく沈黙していた。


「……ついてこい」


 短くそう言うと、エルフは踵を返し、森の奥へと歩き出した。一行は、戸惑いながらも、その後を追った。


   ◇


 道なき道を進むこと、しばらく。木々の合間から、次第に、人工的な気配が漂い始めた。


 やがて視界が開けると、そこには、想像していたよりもはるかに大規模な集落が広がっていた。木々と一体化するように建てられた住居、精緻な彫刻が施された橋、そして、あちこちを行き交う、多くのエルフたちの姿。


「うわ、すげえな……」


 ユリオは、思わず声を漏らした。辺境の村とも、宿場町とも、まるで異なる美意識で作られた、幻想的な光景だった。巨大な木の幹をくり抜いて作られた住居、樹上を繋ぐ吊り橋、光を透かして輝く葉々の天蓋――どれもが、人間の技術とは異なる、自然と調和した美しさを湛えていた。


「あれ、見ろよ。あの木の上の建物」


「本当ね。木を傷つけずに、あれだけの建築物を作り上げているなんて……」


 リィナも、感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。長年、王都の洗練された建築美に囲まれて育ってきた彼女にとっても、この光景は、新鮮な驚きに満ちていた。


 カイエルもまた、口には出さないものの、興味深そうにその光景を眺めていた。整然としているようで、どこか有機的な統一感を持つこの集落の在り方は、彼が知る王国の秩序とは、また違う種類の秩序を体現しているようにも感じられた。


「ここが、俺たちが目指してた集落か」


「そうだ。だが、お前たちのような人間が、易々と足を踏み入れられる場所ではない」


 エルフの声には、明確な警戒の色が滲んでいた。集落の入り口付近に立っていた他のエルフたちも、突然現れた人間の一団に、鋭い視線を向けている。


「客人を連れてきたのか」


 年配のエルフの一人が、警戒した様子で歩み寄ってきた。


「灰色の紋を持つ者だ。かつて話した、あの言い伝えに関わる人物かもしれん」


 その言葉に、周囲のエルフたちの間に、微かなどよめきが広がった。


「灰色の……」


「まさか、本当にいたとは」


 その反応から、ユリオは、自分の存在が、エルフたちの間でも、決して軽い意味を持つものではないのだと、改めて実感した。


「長老に、話を通してくる。しばらく待っていろ」


 案内役のエルフはそう言い残すと、集落の奥へと姿を消した。残された一行は、緊張した面持ちで、その帰りを待つことになった。


「……なんか、俺たち、思ったより大事になってきたな」


 ユリオが、ぽつりと呟いた。


「ここまで来たら、後戻りはできないわ」


 リィナの声にも、これまでにない緊張感が滲んでいた。カイエルも、私兵たちも、慣れない異種族の集落という環境に、それぞれ警戒を緩めずにいた。


 待っている間、集落のエルフたちが、遠巻きにこちらを観察している視線に、ユリオは居心地の悪さを感じていた。だが、その視線の多くは、敵意というより、純粋な好奇と、何か懐かしいものを見るような、複雑な色を帯びているようにも思えた。


「なあ、リィナ。あいつらが俺のこと見る目、なんか、村での視線とちょっと違う気がするんだけど」


「そうね。侮蔑の色は、あまり感じられないわ。むしろ……」


「むしろ?」


「畏怖に近いものを感じる。あるいは、哀れみかもしれない」


 その言葉に、ユリオは、複雑な感情を抱かずにはいられなかった。哀れみを向けられるのも、決して心地よいものではない。だが、少なくとも、蔑まれるよりは、まだ受け止めやすい気もした。


 しばらくして、案内役のエルフが戻ってきた。


「長老が、会うそうだ。ついてこい」


 その言葉に、一行は、互いに顔を見合わせてから、静かに頷き合った。これから始まる対話が、これまで積み重ねてきた謎に、どれだけの光を当ててくれるのか――誰もが、緊張と期待を胸に抱きながら、集落の奥へと足を踏み入れていった。

お読みいただき、ありがとうございます。

「巡り紋」は毎日更新予定の長編ファンタジーです。

続きが気になりましたら、ブックマーク・下の☆☆☆☆☆からの評価をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。