第二十八話 初めての宿場町
馬の速度で進んだおかげで、一行は予定よりも早く、最初の宿場町に到着した。
町の入り口が見えてきた瞬間、ユリオは思わず息を呑んだ。
「うわ、でけえ……」
辺境の村とは比較にならない規模の建物群。石造りの家々が整然と立ち並び、大通りには、様々な露店がひしめき合っている。行き交う人々の数も、村の全人口を優に超えているように見えた。
「これでもまだ、田舎町の部類よ」
馬から降りたリィナが、事もなげに言った。
「これで田舎って、じゃあ王都はどんだけでかいんだよ……」
想像もつかない、といった様子で、ユリオは目を丸くしていた。
町に足を踏み入れると、ユリオの視界は、次から次へと新しい刺激で埋め尽くされていった。
「あれ、なんだ? 見たことねえ果物だ」
「異国から取り寄せられた品ね。この町は交易の中継地点だから、色々な地方の品が集まってくるの」
「うわ、こっちは武器屋か。すげえ、あんな細工の入った剣、見たことねえ」
露店を覗き込むたびに、ユリオは子供のように目を輝かせた。その反応の一つ一つが、リィナにとっても、どこか微笑ましいものだった。
通りを歩いていると、一軒の店先で、鑑定紋を売りにした商売が行われているのが目に入った。
「属性鑑定、承ります! 相性の良い縁談、お仕事のご相談、なんでもどうぞ!」
「あれは、なんだ?」
「町にはよくある、紋を利用した占い師のようなものよ。正式な鑑定院の鑑定とは違うけれど、相性判断や適職診断みたいなことをして、お金を稼いでいるの」
「へえ、そんな商売もあるのか」
興味深そうに眺めるユリオの視線に気づいたのか、店の主人らしき男が、愛想よく声をかけてきた。
「そこの兄さん、紋を見せてくれれば、無料で簡単な占いをしてあげるよ」
「あ、いや、俺は……」
ユリオは、一瞬躊躇した。この町で、自分の灰色の紋を見せたら、村と同じように奇異の目で見られるのではないか――そんな不安が、咄嗟に頭をよぎった。
「ほら、遠慮しないで」
強引に手を取られ、ユリオは仕方なく右手を差し出した。占い師の男は、紋を一目見て、驚いたように目を見開いた。
「これは……珍しい。色がまったく見えない」
「……悪いのかよ」
身構えるユリオに、だが男は、意外にも興味深そうな笑みを浮かべた。
「悪いなんてとんでもない! こんな珍しい紋、初めて見たよ。占いのしようもないくらいだ。逆に、こいつは貴重な経験をさせてもらったってもんだ」
男は、興が乗ったのか、そのまま、上機嫌に語り続けた。
「うちはね、婆さんの代から、この商売なんだ。鑑定院さんが出来る、ずっと前からね。紋を見て、ああだこうだと語るのは、なにも、お役所の専売特許じゃない。昔っから、市井の楽しみだったのさ」
「鑑定院より、前から……?」
「ああ。もっとも、昔の占いは、当たるも八卦、外れるも八卦さ。今のお役所みたいに、ランクだの属性だのと、きっちり決めつけたりはしなかったけどね」
男は、そう言って、からからと笑った。その、何気ない世間話が、ユリオの胸に、妙に残った。紋を見る、という行いそのものは、ずっと昔からあった。それを、一切の例外を許さない「制度」に変えたのは、ごく最近のことなのだ――。
拍子抜けするほどあっさりとした反応に、ユリオは戸惑いを隠せなかった。村では、灰色の紋は蔑みの対象でしかなかった。だが、この見知らぬ町では、単なる「珍しいもの」として、好奇の目で見られるだけだった。
「……こういう反応も、あるんだな」
小さく呟くユリオに、リィナが優しく微笑んだ。
「場所が変われば、見え方も変わるものよ」
その言葉は、ユリオの胸に、静かに、しかし確かに響いていった。
◇
昼食を摂ろうと、一行は大通り沿いの食堂に入ることにした。
「何にする?」
メニューを差し出されたユリオは、しばし固まった。見慣れない料理名がずらりと並んでいる。
「えっと……とりあえず、リィナと同じのでいいや」
「無難な選択ね」
運ばれてきた料理は、村では見たこともない、様々な香辛料を使った異国風の一品だった。恐る恐る口に運んだユリオは、思わず目を見開いた。
「うまっ! なんだこれ、村の飯と全然違う」
「気に入ったなら良かったわ」
夢中で料理を頬張るユリオを見て、リィナも自然と笑みがこぼれた。村での質素な食事とは違う、香辛料の効いた濃厚な味わいに、ユリオはすっかり夢中になっていた。
「なあ、王都に行けば、もっとすごい飯が食えるのか?」
「ええ、きっと。宮廷料理なんかは、もっと手の込んだものが出てくるはずよ」
「それは楽しみだな……いや、待てよ、そんな高そうな飯、俺の懐で払えるのか?」
急に現実に引き戻されたような顔をするユリオに、リィナは思わず噴き出した。
「そこは、心配しなくて大丈夫よ。当面の路銀は、鑑定院の経費で賄うから」
「マジか、助かる」
露骨に安堵した表情を見せるユリオに、リィナはくすくすと笑い続けた。
食事を終え、勘定を払う段になって、ユリオは、また新たな困惑に直面した。
「えっと、これ、いくら払えばいいんだ?」
「ゲイル銀貨三枚よ」
「ゲイル……村じゃ、あんまり金のやり取りなんてしたことなかったからな。物々交換とか、労働の対価とかがほとんどだったし」
差し出された銀貨を数えながら、ユリオは真剣な表情で計算していた。だが、銀貨と銅貨の見分けがつかず、何度も数え間違えては、やり直す羽目になった。
「これ、銀貨だよな? いや、こっちか?」
「銀貨は白っぽい光沢、銅貨は赤みがかった色をしているの。よく見れば、すぐにわかるわ」
「ああ、なるほど……って、これじゃ足りねえじゃねえか」
「一枚多く出しすぎているだけよ、落ち着いて」
その様子を見ていた店の女将が、微笑ましそうに口を挟んだ。
「お兄さん、お上りさんかい? 慣れないうちは、みんなそんなもんさ」
「うっ、バレたか」
恥ずかしそうに頭を掻くユリオに、女将は気さくに笑いかけた。
「そんなに恥ずかしがることないよ。誰だって、初めては戸惑うもんさ」
その言葉に、ユリオは少しだけ気が楽になった。
その様子を見ていたリィナは、思わず小さく笑った。
「そんなに難しく考えなくても大丈夫よ。慣れれば、すぐにわかるようになるわ」
「わかってるけど、慣れないうちは緊張するんだよ」
食堂を出た後、通りの雑踏の中を歩きながら、ユリオは改めて、自分がどれほど狭い世界で生きてきたのかを実感していた。
◇
夕方、一行は宿を取ることになった。カイエルたちとは別の部屋を、ユリオとリィナも、それぞれ確保することになった。
「初めての宿だな」
案内された部屋のベッドに腰掛け、ユリオは物珍しそうに周囲を見回した。村の自宅とは違う、清潔で整った作りの部屋。窓の外には、宿場町の夜景が、灯りに照らされて広がっていた。
夕食後、ユリオは一人、宿の外に出て、賑やかな町の様子を眺めていた。
「大きい町だと、夜もこんなに賑やかなんだな」
村では、日が落ちれば静まり返るのが常だった。だが、この町では、夜になっても、酒場からの喧騒や、行商人たちの掛け声が、絶えることなく響いている。
「感心しているところ悪いが」
不意に、背後から声がかけられた。振り返ると、カイエルが、腕を組んで立っていた。
「なんだよ、あんたも夜の散歩か」
「見回りだ。私兵たちの休息状況を確認していた」
「律儀だな」
カイエルは、それには答えず、ユリオの隣に並んで、同じ町並みを見つめた。
「……お前にとっては、この程度の町でも、驚きに値するのだろうな」
「悪いのかよ」
「悪いとは言っていない。ただ、お前の見ている世界の狭さが、少し想像できただけだ」
その物言いには、これまでのような明確な棘は、あまり感じられなかった。むしろ、どこか純粋な観察の色合いが強かった。
「王都に着けば、もっと驚くことになるだろう」
「楽しみにしとくよ」
短いやり取りを最後に、二人はそれぞれの部屋へと戻っていった。慣れない旅の疲れの中で、ユリオは、新しく見た世界の広さに、まだ胸を高鳴らせながら、静かに眠りについた。
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