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奴隷宰相 リュカと北国のクリルタイ編  作者: 近衛翡翠


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4/6

フェーデ

モンケとフラグが決闘をする。


 そんな知らせを聞いた僕たちは、慌てて広場へと向かった。


「盗んだのは、お前だろう!」


「いいや、違う! 俺じゃない!」


 広場では、モンケとフラグが激しく言い争っている。


「あのう……」


 見かねたリルが、二人の間に割って入った。


「何が原因で揉めているんですか?」


「こいつが、俺の家畜を奪ったんだ!」


「だから、俺じゃないって言ってるだろ!」


 再び二人が睨み合う。


「お前ら、一旦黙らんか!」


 そこへブラフィルの怒声が飛んだ。


「も、申し訳ありません……」


 二人がようやく口を閉じる。


「それで、家畜が盗まれたんですね?」


 僕が事情を尋ねると、どうやらモンケが管理している家畜の一部が、何者かによって盗まれたらしい。


 そして、日頃から仲の悪いフラグが、その犯人として疑われているというわけだ。


「で、では、とりあえずカトゥル帝国の裁判所へ持っていっては……?」


 マリーが恐る恐る提案する。


「そんな悠長なことをしている暇はない!」


 モンケが即座に言い返した。


「家畜がどこへ連れ去られたか分からないんだぞ! 裁判を待っている間に、遠くへ逃げられてしまう!」


「じゃ、じゃあ……家畜を探しに行くしかないのかな?」


 僕がそう言うと、モンケはフラグを睨みつけた。


「お前が本当に盗んでいないというのなら、決闘を受けられるはずだ」


「決闘?」


 僕は思わず聞き返した。


 帝国の法規では、本来、決闘は禁止されている。


 決闘は争いをさらに激化させ、場合によっては死人まで出す。


 そのため、帝国では法による裁判が原則となっている。


 しかし――。


 現実には、いまだに決闘はなくなっていない。


 特に北国・タイアル公国では、神明決闘――フェーデと呼ばれる慣習が根強く残っている。


 フェーデとは、神の前で決闘を行い、その勝敗によって神の判断を仰ぐというものだ。


 勝者を正しい者、敗者を誤った者として扱う。


 いわば、決闘そのものを裁判にしてしまうのである。


「分かった。受けよう」


 フラグは迷うことなく答えた。


「それだけではない。俺が無実であることの証明として、一つ決闘でハンディをやろう」


「ほう」


 モンケが興味深そうに眉を上げる。


「どんなハンディだ?」


「え?」


 その瞬間。


 僕の身体が、ぐいっと後ろへ引っ張られた。


「な、なんですか!?」


「俺の代役として、リュカ殿に試合に出てもらう」


***************************


「フラグさん!?」


 僕は思わず叫んだ。


「何を言っているんですか!?」


「僕、フェーデなんてしたことがないですよ!」


「いや、大丈夫だ」


 フラグは平然としている。


「リュカ君には、素質がありそうだからな」


「いやいやいや!」


 僕にそんな素質があるなんて、初耳だ。


 ……というか、そもそも僕は宰相であって、決闘士ではない。


 だが、ここまで話が進んでしまった以上、断るのも難しそうだった。


「はぁ……」


 僕は諦めてため息をつく。


「で、何をやるんですか?」


「それは、モンケの奴が今決めているところだ」


「決めたぞ!」


 モンケが声を上げた。


「試合形式は、流鏑馬だ!」


「流鏑馬?」


 聞き慣れない言葉に、僕は首を傾げる。


「流鏑馬とは何ですか?」


「あそこに三つの的を用意した」


 モンケが広場の先を指差す。


「馬を走らせながら、あの的を射る。三つのうち、より多くの的に当てた者が勝者だ」


「なるほど……」


 つまり、馬術と弓術の両方が必要ということか。


「高い馬術能力と、騎射能力の両方が求められますね」


 リルが感心したように言う。


「そういうことだ」


 モンケが頷いた。


「では、先攻と後攻はどうしますか?」


「もちろん、俺から行く」


 モンケはそう言うと、愛馬のもとへ向かった。


 ……正直、助かった。


 先にお手本を見ることができる。


 モンケは颯爽と馬へ跨ると、そのまま草原を駆け出した。


 馬が一気に速度を上げる。


 そして、最初の的が見えた瞬間――。


 ヒュッ!


 矢が放たれた。


 カコン!


 見事に的へ命中する。


 そのまま馬を走らせ、二つ目の的へ。


 再び矢を放つ。


 こちらも命中した。


 しかし、三つ目の的には届かなかった。


「結果は二つか」


 モンケが馬から降りる。


「次はお前の番だ」


「……はい」


 僕は馬の前に立った。


 さっきまで平気だったのに、急に緊張してきた。


 どうしよう。


 もし失敗したら――。


 大勢の人が見ている前で、無様な姿を晒すことになる。


 そんなことを考えていると――。


「リュカ君!」


 声が聞こえた。


 振り返ると、そこにはリルがいた。


「頑張って!」


「リュカ君、ファイト!」


「リュカ君なら大丈夫!」


 マリーとヘレナも声をかけてくれる。


 その声を聞いていると、不思議と胸の奥にあった緊張が消えていった。


「……よし!」


 僕は馬に跨った。


 そして、手綱を握る。


 馬に鞭を入れた。


 ――発進。


 草原を駆け抜ける。


 頬を撫でる風が気持ちいい。


 さっきまであれほど緊張していたのに、今は不思議なくらい落ち着いている。


 やがて、最初の的が見えた。


 僕は矢をつがえる。


 狙いを定め――。


 放つ。


 カコン!


 矢は見事に的へ命中した。


「よし!」


 僕はさらに馬へ鞭を入れる。


 二つ目の的。


 少し走りすぎた。


 僕は身体を左へ傾ける。


 そして――。


 放つ!


 カコン!


 また命中した。


 残るは一つ。


 第三の的が見えてきた。


 僕は矢をつがえる。


 狙いを定める。


 そして――放った。


 その瞬間。


「っ……!」


 右手に激痛が走った。


 しまった!


 弓を引いた際に、指を痛めたらしい。


 だが――。


 カコン!


 矢は、見事に的へ命中していた。


「……え?」


 僕は自分の目を疑った。


 全部、当たった?


「勝者――リュカ!」


***************************


「やったー!」


「リュカ君、おめでとう!」


 リルとヘレナが駆け寄ってきて、僕に抱きついてくる。


「痛っ!」


 ……右手が痛い。


「あらら、怪我してるわね」


 マリーが僕の手を見て、すぐに傷薬と包帯を取り出した。


「応急処置しないと」


「お願いします……」


 傷口に消毒液をかけられる。


「痛っ!」


 思わず顔をしかめた。


 その様子を見ていたブラフィルが、静かに口を開く。


「リュカ殿」


「はい?」


「優しさだけで、生きていける土地ではないのです」


 その言葉に、僕は何も言えなかった。


 北国という土地は、僕が思っている以上に厳しい場所なのだろう。


「そうか……」


 モンケが呟いた。


「お前は、本当にやっていないのか……」


「だろう?」


 フラグが胸を張る。


「俺の目に狂いはなかった」


 ……いや。


 ちょっと待ってほしい。


 僕はリルの耳元へ顔を寄せる。


「(思ったんだけどさ……フラグさんが家畜を盗んだかどうかと、僕が流鏑馬で勝ったことって、一見すると無関係じゃない?)」


「(それは、ここでは言わないようにしましょう)」


 リルも小声で答える。


「(家畜、まだ見つかっていませんけど……)」


「(……だよね)」


 僕たちは互いに顔を見合わせた。


 ……まあ、今この場で言うのはやめておこう。


 せっかくまとまりかけた空気を壊すのも悪い。


「さて」


 ブラフィルが手を叩いた。


「クリルタイの続きをするぞ」


 そう言ってから、皇子たちを見回す。


「そういえば、モンケとフラグの意見をまだ聞いていなかったな」


「俺はまだ考えがまとまらねえ」


 モンケが答えた。


「後にしてくれ」


「分かった」


 ブラフィルが頷く。


 そして――。


「俺は、クリルタイに立候補することにする!」


 フラグが高らかに宣言した。


「え?」


 僕は思わず声を漏らした。


 ……これは。


 ハーン選出を巡るクリルタイが、さらに混迷を深めることになるのではないか。


 僕は、そんな予感を覚えながら、フラグの顔を見つめていた。

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