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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
冒険者編
99/111

第90話 神意

【シーン①:破断】

 雪が、細くなる。


 静寂。

 広場は白い。


 ユスティアの張った隔離の中。

 誰も動かない。



 ぴしり、と。

 何かが軋む音。


 空間そのものに、亀裂が走った。


 ユスティアの目が細くなる。


 闇が裂けた。



 黒衣。

 細い笑み。

 気配だけが、異様に軽い。


――バット。


「これはこれは」


 楽しげな声。


「神族が、こんなところで直々に介入ですか」


 ユスティアは答えない。

 空気がさらに重くなる。



 バットは広場を見渡した。

 ザッハ。

 レオン。

 そして、ユスティア。


「随分と慌てておられる」


 笑う。


「そんなに“変革”がお嫌いですか?」

「熱狂は、世界を壊します」

 ユスティアが即答する。


「秩序を乱し、争いを生み、多くを破壊します」

「だから止める、と?」


「当然です」

 迷いがない。


 バットは小さく息を吐いた。

「あなた方は、いつもそうだ」

 静かな声。


「世界を停滞させる」

「停滞ではありません。安定です」

「同じことでしょう」

 バットが笑う。


「変化を拒絶し、古い秩序を守り、人を枠へ押し込める」

 広場の焼け跡を見る。黒煙の残滓。焼けた臭い。


「ですが、人は不満を抱く。

 だから、変わろうとする」

「あなたが煽っているだけです」

 ユスティアが遮った。


「ええ。導いています」

 即答。


「人は危険だからこそ、導く必要がある」



 レオンは、二人を見る。


 言っていることは違う。

 しかし、どちらも人を“導く側”として語っている。



「あなたの行為は扇動です」

 ユスティアの声が落ちる。

「人々を熱に浮かせ、正しい判断を妨げている」


 バットは笑みを崩さない。

「人間に、正しさなど分からないのです。

 だから与える」


 バットが、一歩前へ出る。

「あなた方は、平穏を言い訳に奪うことばかりだ」

「変革を繰り返せば、世界は疲弊します」

「安定は死と同義ですよ。

 停滞した世界は、腐る」


「安定こそが、世界を永らえさせるのです」

 ユスティアの声が張る。


 バットが薄く笑った。

「なら、なぜ世界は繰り返し変わってきたのでしょうね」



 静寂。


 ユスティアは、答えない。


 風がない。

 なのに、空気だけが揺らぐ。


 バットの声が落ちる。


「王国も。歴史も。文明も。

 変革を繰り返してきた。

 それが、神の意思です」



 レオンの目が動いた。


 神。また、その言葉。

 ユスティアだけではなく、バットの口からもその言葉が出てきたことに、レオンは引っかかった。



 ユスティアが即座に否定する。


「違います。

 神は、世界の安定を望んでいます」


 バットが笑った。

「では、なぜ神は文明を滅ぼす?」


 沈黙。


「なぜ神は争いを許す?」

「必要だからです」


 言い切って続ける。


「世界を維持するための調整です」

「調整?」


 バットが繰り返す。笑みが深くなる。


「我々は、“変革”と呼ぶのですよ」



 レオンは黙って聞いていた。


 安定。変革。

 言葉は違う。

 にもかかわらず、どちらも“神の意思”を語っている。

 

 自分たちだけが、神を知っているかのように。



 ザッハが、小さく呟いた。


「……なんで、そんなことが分かるのだ」


 一瞬。静寂が落ちた。


 バットがザッハを見る。

「我々は、神に仕える者ですから」


 当然のような声。

 疑問そのものが、存在していない。


 ユスティアも否定しない。

「神族は、神の秩序を維持するために存在しています」



 ザッハは首を傾げた。

「でも、二人が言ってることは、全然違うのだ」


 また、沈黙。


 今度は、長かった。


 バットもユスティアも。

 答えを持っていない。

 あるいは。

 答えを疑ったことすら、ない。



 レオンは眉を寄せた。


 当然のように。

 二人とも、"神の意思"を断定する。


 なぜ。そこまで言い切れる。


 神を見たのか。

 神と話したのか。


 あるいは。


 ただ、自分たちの思想を、“神”へ重ねているだけなのか。



 バットが、先に口を開いた。

「見ていなさい、ユスティア」


 広場を見渡す。

 焼け跡。怒り。熱狂。


「世界は変わる」


「熱は、いずれ冷めます」

 ユスティアが返す。


「なら、その後に何が残る?」


 ユスティアは答えない。


 バットは肩を竦めた。

「あなた方は、いつもそうだ。壊れることばかり恐れる」

 声が下がる。

「だから、世界を縛り付ける」


 ユスティアは、答えなかった。



 空気が、変わった。


 言葉がなくなった。

 議論が、終わった。


 ユスティアの瞳から、わずかな揺らぎが消える。

 バットの笑みが、薄くなる。


 どちらも。

 もう、相手に語りかけていない。



 レオンは、無意識に問いを投げていた。


――“神の意思”とは何だ。


≪解析条件が不足しています≫


 想定通りの返答。


――神は観測できるか。


≪観測情報が不足しています≫


――では、なぜ全員が神を根拠にする。


≪高次概念による意思決定の簡略化と推定します≫


 答えにならない。

 ただ。


 "簡略化"。


 その言葉だけが、残った。


 神を根拠にすれば、考えなくていい。

 疑わなくていい。

 従うだけでいい。


 では、神の意思とは——。


 問いが、形になりかけたところで。



 ザッハが、小さく呟いた。


「……どっちが、正しいのだ」


 誰も、答えない。



 冷気が、広場を満たしていく。

 雪はいつの間にか止んでいる。


 しんとした空気が締まる。


 ユスティアとバットの間に。

 見えない境界線が、引かれていた。



 積もった雪が、夜闇の中で映えていた。


 レオンの中では、まだ疑問が積み上がり続けていた。

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