第88話 介入
【シーン①:街】
クラウディアとの会談に向けて、調整は進んでいた。
ジュードが王国側へ連絡を回し、レオンたちはザッハ側との擦り合わせを行う。
クラウディアから、コルデリア訪問の意向が示された。
ザッハ自身も、会談には前向きだった。
少なくとも。
昨日までは。
朝。
街の空気が変わっていた。
ざわめきが広がっている。
人の流れが、一方向へ集まっていた。
「広場か」
レオンが呟く。
「嫌な流れだね」
ヘレナが眉をひそめた。
「祭りにしちゃ空気が悪ぃ」
ガウィンが鼻を鳴らす。
人波を抜ける。
中央広場。
演壇が組まれていた。
その上に、男が一人。
縛られている。
恰幅のいい中年男。
服は上等。
しかし顔色は悪い。
周囲を囲む群衆。
半数以上がビーストマンだった。
怒気が混ざっている。
熱気とも違う。
鬱積した感情が、浮き上がっていた。
壇上にビーストマンの男が上がる。
声を張る。
「こいつは、ビーストマンを安値で働かせ、不当に私腹を肥やした商人だ!」
群衆がざわめく。
「糾弾されるべきだ!」
歓声。
怒号。
罵声。
縛られた商人が顔を上げた。
「ち、違う……!」
声が震えている。
「うちは王国御用達の、まっとうな店だ!
決して不当なことはしていない!」
石が飛ぶ。
頬を掠めた。
「賃金だって相場通りだ!」
一瞬。
空気が止まる。
そして――。
「差別のある相場だ!」
群衆の一角から声が飛ぶ。
「つまり王国は、ビーストマン差別を認めているということだ!」
熱が広がる。
一気に。
「王国こそが古い体制だ!」
「差別の象徴だ!」
「王国は敵だ!」
怒号が重なる。
レオンは視線を巡らせた。
そこで見つける。
群衆の後方。
黒衣の男。
――バット。
静かに立っている。
何もしていない。
しかし、場の流れだけが、異様に滑らかだった。
壇上の男が、たいまつを掲げる。
「ザッハ様の温情により、こいつの命は獲らない!」
歓声。
「だが、こいつの店はすべて破壊する!」
群衆が沸く。
「さぁ!
ザッハ様の意向を示すためにも、皆、たいまつを持て!」
誰かが火を掲げる。
別の誰かが続く。
「王国御用達の看板から燃やせ!」
「差別商人に炎を!」
怒声。
次の瞬間。
火が投げ込まれた。
窓が割れる。
布が燃える。
黒煙が上がる。
歓声が響いた。
レオンは目を細める。
異常だった。
だが同時に、誰か一人だけが狂っているわけでもない。
積み重なっていた感情が、噴き出している。
そこへ。
「なにを……」
声が落ちた。
群衆が割れる。
ザッハだった。
ツインテールが揺れる。
困惑が、そのまま顔に出ていた。
「待つのだ!」
ザッハが壇上へ飛び上がる。
一瞬だった。
「なぜ店を燃やしているのだ!」
壇上の男へ詰め寄る。
男は言葉に詰まった。
その横を。
静かに、一人の男が歩く。
バット。
群衆の熱とは逆に、静かだった。
「ご要望の通り、店主の命は守られております」
落ち着いた声。
「ただし、皆の差別を打倒しようという意志が、燃え上がっているのです」
ザッハが振り向く。
「皆が、ザッハ様の理想のために声を上げているのです」
ザッハが息を呑む。
バットが、そっと耳打ちした。
一瞬。
ザッハの表情が曇る。
「皆が差別打倒を掲げるザッハ様のお言葉を待っております」
静かな声だった。
「労をねぎらうお言葉を、お願いします」
「しかし……」
「さぁ」
逃がさない。
群衆の視線が、ザッハへ集まる。
期待。
熱狂。
崇拝。
ザッハが、ゆっくりと壇上へ立った。
迷っている。
無数の視線がザッハに集まる。
口を開く。
やめる。
言葉を選んでいる。
口を開く。
「皆……ご苦労様なのだ」
一拍。
そして。
歓声が爆発した。
「ザッハ様!」
「差別を潰せ!」
「王国を倒せ!」
熱狂が広場を揺らす。
ザッハが目を見開く。
ずれた熱狂。
流れは止まらない。
バットだけが静かだった。
レオンは、その姿を見る。
――利用している。
ザッハの理想を。
怒りを。
街を。
構造にしている。
「この状況では、クラウディア様にお越しいただくことはできませんね」
横で、ジュードが言った。
渋い顔。
しかし声は軽い。
想定の範囲内だったように。
レオンは顔をしかめる。
対話へ向かっていた流れが、別の方向へ押し流されていた。
もう一度、群衆を見る。
熱狂が炎のような渦を巻いていた。
燃え上がる炎が、煙を空へ巻き上げる。
煙が灰色の雲に混じる。
重い色をした雲は、彼方まで広がっていた。
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