第86話 接触
【シーン①:宿】
早朝。
扉が、乱暴に開いた。
乾いた音が、室内に響く。
数人の影がなだれ込む。
ビーストマンだった。
粗雑な装備に統一感はない。
動きは揃っている。
しかし、兵士とも違う。
どこかで見た動き方だった。
「動くな」
短い声。
囲まれている。
出口は、塞がれた。
「我々は自警団だ。
不審な行動を取った者がいると、告発があった」
抑揚のない説明。
慣れている。
「連行する」
有無を言わせない。
結論は、最初から出ている。
先頭の男が一歩踏み込む。
迷いがない。
日常、何度も繰り返してきた手順。
レオンは視線を動かさない。
ヘレナも、動かない。
ガウィンが小さく舌打ちする。
男は止まらない。
手順通りに進めようとする。
一歩。
ジュードが前に出た。
動きは静かだった。
それでも、室内の意識が一点に集まる。
「手続きに則り、特使として領主への面会を申請します」
淡々とした声。
感情がない。
それでも、声が通る。
男たちの動きが、止まる。
理解が、一拍遅れる。
ジュードは続ける。
懐から、一枚の証書を取り出した。
無造作に、掲げる。
王国公認の紋章。
空気が、止まる。
先頭の男が証書を見る。
もう一度、見る。
表情が変わる。
「……特使?」
声が落ちる。
確信が持てない。
だが、無視もできない。
男は周囲に視線を流す。
判断を求める。
誰も答えない。
沈黙が伸びる。短いはずの時間が、長い。
先頭の男が、息を吐いた。
「……連れていく」
言い切る。
処理ではない。
判断の先送り。
形だけ、整える。
「領主の館だ」
誰も異論はない。
レオンたちは囲まれたまま、外へ出た。
雪が、降っていた。
街は静かなままだった。
誰も、こちらを見ない。
見ないように、している。
【シーン②:領主の館】
館は静かだった。
人の気配はある。
にもかかわらず、音がない。
整っている。
過剰なほどに。
廊下を歩く。
足音だけが響く。
案内する者は口を開かない。
周囲にも気配はある。
しかし、活気は感じられない。
通された部屋は簡素だった。
椅子が並ぶ。
窓は閉じられている。
拘束はされない。
とはいえ、自由でもない。
監視の気配だけが、四方に残る。
「待て」
それだけ言って、扉が閉まった。
誰も口を開かない。
ヘレナは壁にもたれ、目を閉じている。
ガウィンは椅子に座り、腕を組む。
ジュードは立ったまま、動かない。
レオンは扉を見つめる。
足音。
近づく。
複数。
止まる。
扉が開いた。
入ってきた人物を見て、レオンはわずかに目を細めた。
小柄な体躯。
濃い色のツインテール。
――ザッハ。
纏う空気が、以前と違う。
自警団の男たちが、頭を下げる。
自然に。
迷いなく。
部屋を見渡す静かな目。
状況を測っている。
値踏みではない。
確認だ。
視線がヘレナへ向かう。
ほんの一瞬。
止まる。
ヘレナは目を閉じたままだ。
壁にもたれ、動かない。
視線が移る。
ジュードへ。
「王国から来たんだって?」
直接的。
一拍、あった。
ジュードが進み出て、答える。
「はい、コルデリアの領主様にお会いしたく」
「なぜ?」
「連絡が途絶えておりまして。その確認のため」
「ふうん」
短いやり取り。
会話に芯がない。
別のことを考えている。
部屋の空気が、わずかに変わる。
自警団の男たちの緊張が、緩む。
手離れしたことによる安堵。
ザッハもそれを感じている。
「帰っていいよ」
男たちに向けて言う。
男たちは幸いとばかりに従う。
迷わない。
扉が閉まる。
四人だけになった。
――ジュードを含めれば、五人。
沈黙。
レオンは待つ。
ザッハが、一歩踏み出した。
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