第84話 暗雲
【シーン①:城塞都市の遺跡】
静かだった。装置だけが動いている。
ヴェリスは中央にたたずんでいた。
藍色の髪が、周囲の魔法装置と繋がっている。
光が集まる。
藍の束を伝って、収束していく。
しかし、その勢いは頂点にたどり着く前に、散る。
拡散し、空間に淡く消える。
止まり、また始まる。
同じ挙動が繰り返される。
規則的ではない。
だが、崩れもしない。
レオンの視線は動かない。
手元で、魔力を流す。
装置が応答する。
わずかに、変化。
収束が、ほんの少しだけ深くなる。
――立ち上がらないか。
レオンは手を止めた。
沈黙。
ヴェリスは動かない。
ただ、内部だけが回り続けている。
ヘレナが現れたのは、レオンが籠ってひと月ほどした時だった。
「……どうなの」
低く、ヘレナが言う。
レオンは振り返らない。
ヘレナはレオンの背後に寄った。
「ギルドから呼び出し」
声が低い。
レオンの手が止まる。
「断れないのか」
「国がらみっぽくて」
わずかに、間。
ヘレナの視線がヴェリスへ向く。
ヴェリスの瞳は開いている。
しかし何も見えていない。
「……状態は?」
レオンは視線を戻さない。
「起動はした。
出力系が安定しない」
端的に答える。
「引き出せるが、揺れる。制御が噛み合わない」
ヘレナは黙って、ヴェリスに目を移す。
ヴェリスの瞳が、わずかに開く。
焦点が合わない。
それでも、起動はしている。
レオンは一歩だけ近づく。
触れない。
確認するだけ。
手は尽くした。
ここから先は、時間の問題。
ヴェリスの自己回復機能に託すのみ。
だが――。
優先度を切る。
レオンは視線を落とした。
「わかった。行こう」
ヘレナが頷いた。
離れる準備に取り掛かる。
認証装置を再確認する。
封鎖は維持されている。
結界装置の起動は安定している。
問題はない。
レオンは一度だけ振り返る。
ヴェリスは、動かない。
光だけが、揺れていた。
【シーン②:ギルド応接室】
ギルド応接室の空気は重かった。
レオンもヘレナも、同席するギルドマスターも、口を開かない。
ガウィンだけが緊張感と無縁のところにいた。
扉が開く。
誰も示し合わせていない。
それでも、全員が立っていた。
当然のように一行が入室する。
先頭を歩く人物を見たとき、レオンは息を呑んだ。
金色の髪が揺れる。主賓席に座る。
クラウディアだった。
目線が、静かに一同の間を滑る。
立ち尽くす面々に、座るよう指示が出る。
クラウディアは微笑んだ。
「久しぶりね、レオン」
柔らかい声。
以前と変わらない。
「……どうも」
レオンは短く返す。
距離を取る。
クラウディアの視線が、わずかに追う。
逃がさない。
「回復したと聞いていたわ」
「一応」
それ以上は言わない。
クラウディアは笑みを崩さない。
しかし、目が笑っていない。
レオンは圧に耐える。
ガウィンが後ろで肩を揺らす。
ヘレナは無言。
「本題に入るわ」
クラウディアの声が落ちる。
空気が締まる。
「ある都市との連絡が途絶えているの」
説明は簡潔だった。
「流通も一部止まっているわ。量が、目に見えて減っている」
「調査に向かった者も戻らない」
レオンは黙って聞く。
断片だけが並ぶ。
異常だ。
「場所は?」
「コルデリア」
ヘレナの肩が、わずかに揺れる。
一瞬。すぐに戻る。
レオンは目の端にそれを捉える。
「それでも、暴動の報告はないの」
わずかな間。
「街は、静かな状態だと思われるわ」
異常はある。
それでも、崩れてはいない。
――噛み合わない。
「加えて、人の流れがある。特に、ビーストマン」
流入。偏り。自然ではない。
何かが動いている。
「公式には、何も起こっていないわ。まだ」
"まだ"が残る。
何も起きていないなら、国は動かない。動けない。
――様子視。
「でも、私はそうは思っていない」
静かな声だった。
レオンは黙ったまま、クラウディアを見る。
「何も起きていないのではなく、起きつつある」
クラウディアの視線が、まっすぐレオンに向く。
「だから、確認する必要があるの。
そして、必要であれば、対処してほしい」
対処。
言葉は柔らかい。
しかし、含むものは重い。
「まずは潜入して調べてほしいの」
依頼。
だが、重さは命令に近い。
レオンは即答しなかった。
言葉を選んで、探る。
「……それは、排除を前提とした調査ですか」
ガウィンが小さく息を呑む。
ヘレナは動かない。
クラウディアは、わずかに目を細めた。
答えるまでに、ほんの間があった。
「違うわ」
ひと言。
「私が守りたいのは、民の平和よ」
レオンは黙って続きを待つ。
「王国の統治が盤石であることが、民の安寧に直結する。
それが崩れれば、一番に割を食うのは力のない者たちよ」
静かな声だった。
それが、かえって重い。
「秩序が失われた先に何が来るか……」
クラウディアの言葉に、レオンは視線を落とした。
間違っていない。
虐げられた者が叫び、熱狂が広がり、秩序が崩れた先には……。
生まれるのは、新しい平和ではなく、別の暴力だ。
容易に想像がつく。
ただ。
クラウディアの言う「力のない者」に、
ビーストマンが含まれているかどうかは、分からない。
だからといって。
――現状が正しいともいえない。
「……分かりました」
レオンは頷いた。
理由は口にしない。
クラウディアはわずかに目尻を下げた。
「助かるわ」
抑えた声だった。
それ以上は、言わなかった。
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