第82話 賢者ガレリウス
【シーン①:内部空間】
ガレリウス。
黒い短髪の青年。
笑みが、顔に貼りついたまま、視線だけが生きている。
温度がない。
感情が乗っていない。
それでも、笑っている。
違和感だけが、そこに残る。
ガレリウスは、ゆっくりと歩き出した。
足音は軽い。
にもかかわらず、距離の感覚がずれる。
近いはずが、遠い。
遠いはずが、近い。
認識が噛み合わない。
まっすぐ、ヴェリスへ向かい、頭に手を乗せる。
ヴェリスの藍色の髪が揺れる。
幾本もの細い束が垂れ、先端はわずかに光を反射している。
無機質な質感。
生物の髪というには異質だった。
「ヴェリスは、すでにワシのものじゃ」
貼り付いた笑みのまま、言う。
奥歯に、力が入る。
「やらねぇよ」
ガウィンが踏み込む。
速い。
一直線。
斬撃が走る。
――空を切る。
いない。
ガウィンの背後。
振り向く前に、剣が来る。
「右」
ガウィンが体を捻る。
刃が頬をかすめる。
血が散る。
踏み直す。
振り抜く。
また、空を切る。
ガレリウスは消えていない。
ただ、“そこにいない位置”へずれている。
経過が見えない。
結果だけが書き換わる。
レオンは目を細める。
視線を固定する。
追うのではない。
先を読む。
ヴェリスが詠唱に入る。
藍の束がわずかに揺れる。
ヘレナが即座に動く。
ナイフが飛ぶ。
狙いは足。
致命ではない。
動きを止めるための一撃。
回避。
体がわずかに傾く。
ヴェリスの詠唱が切れる。
視線がヘレナを捉える。
この瞬間、役割が分かれた。
ヘレナが前に出る。
ヴェリスを引き受ける。
距離を詰めすぎない。
しかし、離さない。
ナイフが連続で放たれる。
角度を変え、間隔をずらし、動きを制限する。
「フムス」
さらに煙幕。
視界が白く濁る。
ヴェリスの詠唱がわずかに遅れる。
完全には止まらない。
それでも、自由ではなくなる。
一方、ガウィンは止まらない。
踏み込む。
振る。
繋ぐ。
連撃。
重い。
速い。
それでも、当たらない。
紙一重で躱される。
常に半歩外。
その位置に、最初からいたかのように。
ガレリウスの動きには無駄がない。
回避に特化しているわけでもない。
ガウィンの攻撃をかわした後で、ガレリウスも反撃をする。
その隙にも、ガウィンはさらに反撃を差し込む。
それすら、当たらない。
すべてが当たらない。
わずかなズレがある。
そのズレが、決定的だった。
「左、半歩」
レオンが短く飛ばす。
ガウィンが従う。
振る。
今度は、掠める。
布が裂ける。
初めての接触。
だが、浅い。
ガレリウスの笑みが、わずかに歪む。
「ほう」
目が細くなる。
次の瞬間には、位置が変わっている。
距離が開く。
攻撃は届かない。
レオンは詠唱を始める。
胸元のアミュレットが反応する。
蓄えた魔力を引き出す。
「フラムボルト・アクセラ」
放つ。
直線。
速い。
当たらない。
ガレリウスは動いていない。
それでも、当たらない。
結果だけが外れている。
ガウィンの呼吸が荒くなる。
腕。
足。
ガレリウスの攻撃もガウィンに致命傷を与えられないでいた。
しかし、浅い傷が増えていく。
避けきれてはいない。
ガウィンは、倒れない。
前に出続ける。
レオンは状況を整理する。
ヘレナがヴェリスを抑えている。
いつまで抑えきれるか。
ならば――
ガレリウスを最速で崩さなければ。
再度、指示を出す。
「次、右後ろ」
ガウィンが動く。
踏み込みが速い。
レオンの声より先に、動いている。
ガレリウスの回避が、わずかに遅れる。
完全ではない。
わずかに、変化が出た。
ガレリウスの攻撃頻度が落ちる。
反撃が減る。
回避に偏る。
ガレリウスが距離を取る。
一歩。
二歩。
そのまま、位置が跳ぶ。
ヴェリスの隣。
「まったく、うっとうしい」
息を吐く。
笑みは崩れない。
だが、歪んでいる。
ヴェリスの手を掴む。
藍の束が揺れる。
「ヴェリス。魔力をよこせ」
空気が変わる。
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