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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
幼年編
9/18

第9話 効率の先にあるもの

【シーン①:森へ】

 七歳になってから、日常は少しだけ窮屈になった。

 読み書き、計算、礼儀作法。

 決められた時間に決められたことをこなす時間が増え、自由に使える時間は確実に減っている。

 理解できる内容を、順に並べてなぞるだけの授業に意味は薄い。

 

 だから抜ける。

 

 

 人目を避け、気づかれないように屋敷を出る。

 向かう先は、城塞都市の外縁に広がる森。

 大森林ヴァルドシュヴァルツの辺縁部――深部は未踏とされる危険地帯だ。

 

 だが、このあたりは小型の魔獣が出る程度。

 狩り場として使われている。

 実戦練習にはちょうどいい。

 

 

 木々の間を抜けると、空気が変わる。

 湿った土の匂い。

 葉擦れの音。

 どこかで何かが動いている気配が、常にある。

 修練場とは違う。

 ここでは何が起きてもおかしくない。

 レオンは木の陰に身を寄せ、気配を探る。

 

――見つけた。

 

 低木の根元で、小さな影が地面をかじっている。

 

 ニブルラビット。

 

 見た目はただのうさぎに近いが、異様に発達した前歯で何でもかじる厄介な魔獣だ。

 戦う力はほとんどないが、警戒心だけは無駄に高い。

 

――問題は出力だ。

 

 低すぎれば仕留めきれない。

 高すぎれば無駄になる。

 その”ちょうどいい”位置が、どうにも掴みきれない。

 

 迷いを切る。

 出力を引き上げる。

 

「フラムボルト!」

 

 火が収束し、放たれる。

 直撃。

 ニブルラビットは一瞬で黒く焼け焦げ、その場に崩れ落ちた。

 焦げた匂いが、わずかに残る。

 

――やりすぎだ。

 

 完全に仕留めてはいる。

 むしろ、ここまで焼き切る必要はなかった。

 肉は使えない。資源としても価値が落ちる。

 

 足元に小さな火が移りかけているのが目に入った。

「コレクテンス」

 周囲の水分を集めて落とす魔法だ。

 じゅ、と小さな音がして、蒸気が一瞬だけ立ち上った。

 

 フラムボルトは狩り向きじゃない。

 以前からわかっていた問題だ。

 炎の制御は難しく、確実に仕留めようとすれば出力を上げるしかない。

 しかし、出力を上げれば対象は燃え尽きる。

 射出速度も遅いから、かわされない距離まで近づく必要もある。

 詠唱の声に気づかれずに距離を保ちたいのに、それができない。

 

――やっぱり別の魔法だ。

 

 速くて。

 炎ではなく。

 確実に仕留められる。

 詠唱時間は削れない。

 発音を崩せば発動しない以上、この工程は省けない。

 ならば気づかれない距離を保ったまま詠唱を終わらせる。

 それが前提だ。

 

 先日、ようやくその条件を満たす魔法を習得した。

 

 視線を上げ、次の獲物を探す。

 

――今日、初めて使う。

 

 頭の中では、すでに詠唱の構築イメージが終わっていた。

 

 

【シーン②:遭遇】

 すぐに見つかった。

 またニブルラビットだ。

 今度は少し開けた場所にいる。

 

 レオンは茂みに身を沈める。

 呼吸を抑え、意識を集中させる。

 距離を保ったまま、声を絞る。

 無駄な詠唱文言を削って、短く、鋭い声を発する。

 

「ヴェントダート!」

 

 風が圧縮され、一直線に整えられる。

 発動に入った、その瞬間――

 横から何かが飛び込んできた。

 

 地面を蹴る音。

 一直線の動き。

 次の瞬間、ニブルラビットが斬り飛ばされていた。

 

――は?

 

 思考が止まる。

 魔法は止まらない。

 強引に軌道をずらす。

 風の矢が木の幹をかすめ、葉を散らした。

 

「避けろ!」

 

 影が反応する。

 わずかに身を捻り、風を避ける。

 静寂。

 

 

 レオンは茂みから出た。

 そこには、剣を持った少年が立っている。

 同じくらいの年齢。赤毛が跳ねている。

 こちらを見ている。

 

『あぶないだろうが』

 

 完全に同時だった。

 互いに一瞬止まる。それから少年が、にやりと笑った。

「おもしれーじゃねーか」

 怒っていない。むしろ楽しそうだ。

「……狙ってたんだぞ」

「オレも狙ってた。先に斬ったのはオレだ」

「撃つ直前だった」

「でも斬ったのはオレだろ」

 

 視線がぶつかる。

 どちらも引かない。

 かに見えた。

 

 ふいに、少年が肩の力を抜いた。

「避けろって言ったのは助かった。あれ、当たってたら痛かったろうな」

「……痛いどころじゃない」

「そっか。じゃあよかった」

 

 あっさりしている。

 あの動きは見ていた。

 速い。

 迷いがない。

 整った型ではないが、一撃が速く重い。

 対人ではなく、魔物を叩き斬るための動きだった。

 考えて動いている感じがしない。反射だ。

 

「オマエ、魔術師か?」

「……見習いだよ」

「へえ。さっきの魔法、速かったな」

「発動は速い。問題はその前だ」

「そうか?

 発動の前は見てないけど、あれだけ速けりゃいいだろ」

「お前の方が速い」

 

 事実だった。

 少年は少し笑う。

「まあな」

 あっさり認める。

 嫌みがない。

 自分の速さを知っていて、それを当然と思っている。

 

 そのとき、別の気配が動いた。

 互いに視線を向ける。

 次の瞬間、少年が先に動いた。

 

 地面を蹴る。

 迷いなし。

 速い。

 

 レオンは一瞬遅れて詠唱に入る。

「ヴェントダート!」

 風が走る。

 剣が振られる。

 ほぼ同時だった。

 風が貫き、剣が断つ。

 ニブルラビットが崩れ落ちる。

 

 少年が振り返る。

「……なんか今の、ちょうどよかったな」

「……ああ」


 レオンは自分の手を見る。

 初めて使った魔法だが、問題なく機能した。

 フラムボルトよりも、明らかに実戦向きだ。

 速い。

 無駄がない。

 狙い通りだ。

 

――いける。

 

「オマエ、面白いな。またやろうぜ」

 当然のように言う。

 断る理由を考える前に、口が動いた。

「……ああ」


 少年は満足そうに頷き、踵を返す。

 赤毛が揺れる。

 来たときと同じように、あっさりと森の中へ消えていった。

 

 森の空気が、少しだけ変わる。

 さっきまでの実験とは違う感覚。

 悪くない、と思ったのは、魔法だけではなかった。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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