第78話 ヴェリス
【シーン①:対ガレリウス】
ガウィンが踏み込む。
剣が走る。
届く。
はずだった。
空を切る。
ガレリウスは、そこにいた。
最初から、何も起きていないかのように立っている。
笑みを崩さない。あの、焦点の合わない笑み。
踏み直す。
間合いを詰める。
振る。
抜ける。
刃は確かに通っている。
軌道も、速度も、問題はない。
だが、手応えがない。
位置が、ずれている。
いや、違う。
視界の中にいる。
だが、そこにいない。
ヘレナが動く。
横から差し込む。
ガウィンと挟む。
同時。
両方、外れる。
ガレリウスは変わらずそこに立っている。
詠唱らしき動きはある。
口元がわずかに動いている。
だが、声は聞こえない。
間に合っていないわけではない。
先に、ずれている。
攻撃の前に、すでに結果が変わっている。
ガウィンは踏み込む。
もう一度。
振る。
外れる。
距離を取る。
一歩。二歩。
間合いを広げ、呼吸を整える。
ヘレナは動かない。
前に出ることをやめ、観察に切り替えた。
視線だけが、ガレリウスを追っている。
位置。動き。ずれの方向。
重ねて見る。
答えは出ない。
ガウィンが仕掛けるたびに、ガレリウスの位置が変わる。
移動の過程がない。
気づけば、そこにいる。
気づけば、そこにいない。
詠唱との関係も、読めない。
指示役がいない。
レオンがいれば、何か組み立てられたかもしれない。
だが今は、壁の向こうだ。
ガレリウスは笑っている。
変わらず。
時間だけが、削れていく。
【シーン②:対ユスティア】
衝撃。
空気が歪む。
レオンは踏みとどまる。
膝が沈む。
視線は切らない。
わずかな指の動き。
その動きだけで、現象が成立している。
ユスティアは動いていない。
ただ、そこに立っている。
打開策はない。
――このままでは削られる。
レオンは一歩出る。
腰のショートソードを抜き放つ。
手に馴染まない。
――魔法だけでは届かない。
素早く詠唱し、身体に魔力を通す。
地を蹴る。
振る。
受け止められる。
片手が、刃を止める。
それだけで、止まる。
もう一方の手が伸びる。
レオンは退く。
横に流しながら、斬る。
当たっている。
だが、届いていない。
すり抜ける感触だけが残る。
ユスティアが前に出る。
速い。
間合いが詰まる。
手を払う。
弾く。
もう一方が来る。
触れる。
一瞬。
冷たい。
身体の奥から、何かが引き剥がされる。
魔力が、根こそぎ持っていかれる感覚。
レオンは距離を取る。
「少ない」
ユスティアが呟く。
感情はない。
ただの観測。
首をわずかに傾ける。
レオンはヴェリスの手を掴む。
魔力の接続が通る。
詠唱に入る。
声を出す。
出ない。
音が、潰れる。
喉は動いている。
息もある。
だが、言葉にならない。
詠唱が、成立しない。
視線を上げる。
ユスティアの手が、こちらへ向けられている。
それだけで、声が消える。
魔法の構築ではない。
所作が、現象を上書きしている。
ユスティアが踏み込んでくる。
レオンは詠唱をあきらめて剣を握る。
切り上げる。
反射で振った剣は、大きく逸れる。
ユスティアの手が触れた。
奪われる。
一瞬で、底が抜ける。
魔力が消える。
四肢から力が失われる。
視界が狭まる。
地面が近づく。
倒れる。
ヴェリスの気配がある。
近い。
手を伸ばす。
指先が、届きかける。
ヴェリスも、手を伸ばしている。
こちらへ。
確かに。
その手が、止まる。
首を、掴まれている。
ユスティアの手が、ヴェリスの首を包んでいた。
物を掴むような、迷いのない動作。
ヴェリスの瞳は、開いたままだった。
光だけが、抜けていく。
ゆっくりと、静かに。
手が、力を失う。
身体から、糸が切れる。
脱力。
そのまま、ユスティアに引き寄せられる。
レオンは見ている。
動けない。
見ることしかできない。
伸ばした指先が、届かない。
距離が開く。
開いていく。
視界が歪む。
音が遠のく。
それでも、目だけは動く。
離れていく。
ヴェリスが。
意識の端が、揺れる。
――ヴェリス。
視界が一瞬、白く消えた。
景色が変わる。
暗い室内。石の天井。冷たい床。
呼吸が戻る。
身体が動かない。
横に、ガウィン。
その先に、ヘレナ。
荒野ではない。
ギルドの地下。帰還の間だ。
だが、空気が違う。静かすぎる。
ヴェリスはいない。
何も、残っていない。
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