第77話 神族
【シーン①:荒野】
「フムス」
レオンの詠唱と同時に煙幕が広がる。
視界が閉じる前に、ガウィンが踏み込んだ。
初撃。
全力の斬撃。
――弾かれる。
ユスティアに刃は届いている。
にもかかわらず、何かに押し返されたように軌道が逸れた。
手応えがない。
舌打ち一つ。
ガウィンは即座に煙の中へ消える。
ヘレナが展開しながらナイフを投げる。
間を置かず、レオンが魔法を重ねる。
「フラムランス・ループ3」
炎槍の魔法とナイフによる、回避不能の挟撃。
その瞬間。
ユスティアを中心に、何かが弾けた。
衝撃。
炎槍も、ナイフも、煙幕さえもまとめて吹き飛ぶ。
何もしていない。
少なくとも、詠唱はなかった。
波状攻撃は止まらない。
わずかに残った煙を抜け、ガウィンが跳躍する。頭上から叩き込む一撃。
同時に、レオンが詠唱を重ねる。
「グレイヴ」
地面を薙ぐ真空の刃が走る。
ユスティアが、わずかに手を払った。
それだけで、グレイヴと同質の現象が発生する。
空気が裂け、レオンの斬撃とぶつかり、激しく打ち消し合った。
魔法の構築ではない。
所作だけで、結果だけが再現されている。
ガウィンの一撃がガレリウスへ――届く。
そう見えた。
短い詠唱。
次の瞬間、そこには何もなかった。
「抜けた?」
手応えが消える。
ユスティアのすぐ隣にいたはずのガレリウスは、離れたところに位置を変えていた。
ガウィンは即座に距離を取る。
さらに一歩、二歩。
間合いを広げる。
緊張が張り詰める。
レオンは状況を整理する。
女の所作に、詠唱がない。
だが、現象は成立している。
以前に見たザッハ同様、仕組みは読めない。
ガレリウスの動きも説明できない。
しかし。
――女の方が危険だ。
判断だけを残し、思考を切り上げる。
膠着。
「仕方ありません」
ユスティアが、ゆっくりと手を上げた。
直後、地面が歪む。
隆起ではない。
空間ごと押し上げられるように、壁が立ち上がる。
視界が分断される。
レオンはとっさにヴェリスの手を引き、地を蹴った。
転がるように位置をずらす。
直前までいた場所を、壁が垂直に貫いていた。
【シーン②:壁のこちら側】
目の前にユスティア。
隣にヴェリス。
ガウィンとヘレナの気配が、向こう側へ遠ざかる。
切り離された。
完全に。
レオンが立ち上がる。
視線を外さない。
ユスティアは、ただ見ていた。
「優秀です」
評価。
ただ事実を並べるような声音だった。
「ですが、無意味です」
間はない。
切り捨てるように続く。
「それを渡しなさい」
条件ではない。
命令でもない。
――決定事項。
レオンは視線を逸らさない。
呼吸は浅いまま維持する。
観察する。
立ち位置。距離。視線。
何も動いていない。
なのに、余地が削られていく。
「名を」
短く問う。
「ユスティア」
即答。感情がない。
「神族です」
隠す必要すらない、と言わんばかりの声音。
圧が変わる。
言葉が、輪郭を与えた。
神族。
理解ではない。分類。
「なぜ狙う」
問いを重ねる。
「危険だからです」
即答。
「その個体は過剰です。
魔力が集中している。
構造が歪です」
ヴェリスに視線が落ちる。
計測している。
値として見ている。
「放置すれば、世界の均衡を崩します」
断定。
「ゆえに封印します」
決定。
レオンは沈黙する。
思考を走らせる。
とはいえ、結論はすでに出ている。
それでも糸口を探す。
「何をもって均衡とする」
わずかに踏み込む。
ユスティアの視線がレオンに戻る。
「安定です」
簡潔。
「変動の排除。逸脱の抑制。
それが秩序です」
説明ではない。
定義の提示。
「我々はそれを維持します」
揺るがない。
理解する必要もない。
視線だけを返す。
沈黙。
その間にも、圧は消えない。
むしろ、静かに増している。
喉が、渇く。
「差し出しなさい」
三度目。
変化はない。
最初から最後まで、同じ温度。
レオンはヴェリスの手を強く握る。
細い。軽い。
それでも、確かにそこにある。
離さない。
その瞬間。
ユスティアの視線が、わずかに細められた。
指先が、動く。
ほんのわずか。
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