第76話 異常
【シーン①:荒野】
光が収まったとき、レオンたちは荒野に立っていた。
見渡す限り、赤茶けた土と岩が続いている。
起伏は緩やかで、遠くまで遮るものはないはずなのに、どこまでが地平なのか、区別がつかない。
空は淡く濁り、陽の位置も曖昧だった。
風はない。
にもかかわらず、衣の裾だけがわずかに揺れている。
足元の感触を確かめる。
乾いた地面のはずが、踏みしめた感覚が薄い。
靴底の感触が、わずかに遅れる。
音がない。
呼吸音だけが、やけに大きく聞こえた。
「ここはどこなんだ」
ガウィンがあえて声に出す。
返答を求めたものではない。
だが、その声は不自然に伸び、遠くへ運ばれていく。
反響があるわけでもないのに、どこかで増幅されている。
レオンは答えず、手元の魔道具へ視線を落とした。
帰還の魔道具。
先程起動させたそれは、起動状態のまま淡く光っている。
外観に損傷はない。
起動したまま、魔力残量だけがない。
起動操作を再度行う。
応答は返らない。
魔力を流し込む。起動式をなぞる。
しかし、起動状態のまま、応答だけがない。
一回分の使用は完了している。
魔道具の構造に異常はない。
にもかかわらず、結果が完了していない。
少なくとも、成功ではない。
異常だった。
「……どうなってるの?」
ヘレナが覗き込むように問う。
声は抑えられているが、わずかな緊張が滲んでいた。
「反応はない。終わっている」
「完了してるのに、戻れてないってこと?」
レオンは答えない。
答えは出ている。
ヴェリスは何も言わない。
ただ、レオンの傍に立ち、周囲を静かに観測している。
いつもと変わらぬはずのその立ち姿に、わずかな違和感があった。
不意に、ヴェリスが口を開いた。
「マスター」
声は低く、小さい。
「警戒、スル」
それだけだった。
レオンは視線を上げる。
視界の端で、何かが揺れた。
レオンはそちらを見る。何もない。
岩と土だけが広がっている。
――何かがあった。
視線を戻す。
いる。
最初からそこにいたかのように、二つの人影が立っていた。
距離は近い。
気配はなかった。出現の過程もない。
ただ、存在している。
男と女。
男には見覚えがあった。酒場で出会った、あの男――ガレリウス。
隣に立つ女へと視線を移す。
白銀の長髪。整った容姿。
年齢の判別がつかない。
装いは簡素でありながら、周囲の空間そのものを支配しているような圧がある。
目が合った瞬間、思考のどこかが拒絶を示した。
観測するな。
本能からくる警鐘。
それでもレオンは視線を外さない。
この感覚には覚えがある。
根本的な、存在そのものの階層が異なるような感覚。
だが、同じではない。
「魔族……」
無意識に漏れた言葉に、女の視線がわずかに動く。
「失礼な。魔族などという汚らわしい存在ではありません」
凛とした声だった。
感情の起伏は薄いが、否定は明確だった。
ガレリウスが隣で笑っている。あのときと同じ、どこか焦点の合わない笑み。
女の視線がレオンから外れた。
ヴェリスへと向く。
品定めするような、冷たい観察。
レオンは一歩踏み出し、その視線を遮るように位置をずらした。
圧で、足がわずかに重い。無意識に、呼吸が抑えられる。
「それを渡しなさい」
唐突だった。
しかし、何を指しているのかは明白だった。
レオンは即座に答える。
「断る」
間を置かない。
「おぬしが持つものではない。渡せ」
ガレリウスが口を挟む。
軽い口調だが、内容は変わらない。
レオンは答えない。
女はわずかに首を傾けた。
その仕草には疑問も苛立ちもない。ただ、確認するような動き。
「そうですか」
短い応答。
交渉の余地はない。
レオンは理解する。
話は通じない。
この場にあるのは、選択ではなく結果だけだ。
レオンは返さない。二人を見据える。
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