第74話 接触
【シーン①:食堂】
街道を抜ける風が心地よい季節になっていた。
芽吹きを終えた新緑が、街道に濃く映えていた。
エルフの里の騒動から、一年半が経っていた。
ヒュドラ撃退からしばらくはエルフの里に逗留したが、レオンたちは冒険者稼業に邁進していた。
その結果、先日、全員がダイヤランクへ到達した。
フルダイヤランクのパーティは、ラインバッハの冒険者ギルドでも多くはない。
夕刻。
レオンとヴェリスは、小さな街道町の食堂にいた。
城塞都市での定期補充を終え、ラインバッハへ戻る途中だった。
卓上には、少量の肉、煮込みスープ、欠片ほどのパン。
成人男性一人分と考えても少量。酒もなかった。
向かいにはヴェリスが座る。
ガウィンとヘレナは別行動を取っている。
特別なことは何もない。
ただの帰路。
そのはずだった。
椅子が引かれた。
視線を上げる。
男が、断りもなく座った。
黒い短髪の青年。
年の頃は二十前後。
笑みが、顔に貼りついたまま動かない。
「おぬしがレオンか」
いきなりだった。
「最近、ご活躍と聞く」
初対面のはずだ。
しかし、距離が近い。
「マスター」
耳元で、ほとんど音のない声が届く。
「認識阻害、常時展開」
レオンの視線がわずかに鋭くなる。
観察する。
違和感。
男の口角があがった。
「流石は、ギニアスの人形じゃ。よく見ておる」
一瞬。呼吸が止まる。
その情報は、外に出ていない。はずだ。
知り得る者は限られる。
思考より先に、警戒が立ち上がる。
レオンはゆっくりと鼻で息をした。
「用件はなんだ」
短く問う。
「はっ。怒らせたかの」
男は肩をすくめる。
悪びれた様子はない。
男は、両手を卓について、ゆっくりと体を起こした。
「今日は挨拶だけじゃよ。
いずれまた、な」
問いに答えない。
会話が成立していない。
「ガレリウスと申す」
男は、また笑った。
それだけを言って、男は背を向ける。
振り返りもしない。
そのまま、店の外へ消える。
レオンは視線だけで見送った。
追う理由はない。
しかし、男が出て行った扉から、目が離せなかった。
【シーン②:】
レオンは思考を整理する。
あの男の顔、格好、動作を思い出し、頭の中の解析者に確認する。
≪照合ありません。情報が不足しています≫
認識阻害魔法を使用していた。
同様の魔法を、エルフのフェルシオーネが耳を隠すために使用していた。
おそらく、あの容姿のすべてが偽装。
動作、口調にも違和感があった。
青年の容姿に、老人の口調と動作。
容姿を若くするのであれば、口調も動作も偽装すべきだ。
偽装に粗がある。
何より発言が問題だ。
ヴェリスの名前も、存在も知っていた。
さらに、ギニアスとの関係も知っていた。
ヴェリスの記録は冒険者ギルドにない。
名も、声も、存在も、外に出ないようにしている。
ヴェリスの詳細を知るのは、エルフの里の一部とガウィン、ヘレナのみ。
漏洩はエルフの里からか。
いや——ガウィンもヘレナも、この場を外している。接触の機会はある。
問題点を整理する。
情報漏洩の可能性と男の正体。
判断材料が足りない。
取るべき行動を定める。
警戒レベルを上げ、メンバーと合流。
安全性確保を最優先。
最悪を想定する。
定期補充を終えた帰路だった。
その認識が、変わる。
卓上に視線を戻す。
食事は冷え切っていた。
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