第72話 撃破
【シーン①:遺跡】
最奥の空間で、円柱の内部に満ちた魔力が不規則に脈打っていた。
長く放置されていた機構が、本来想定していない負荷を受けて軋んでいる。
ヴェリスの腰から伸びた細い糸が、装置へと接続されている。
魔力を通すための導線だ。
淡く光るその線を通じて、蓄積された魔力が流れ込み続けていた。
「接続、安定」
短い報告。
遺跡の魔力を経由させる。
過分の魔力を通すため、負担は避けられない。
ヴェリスの声に変化はない。
レオンはそれ以上を問わない。
「行くぞ」
フェルシオーネが頷く。
次の瞬間、二人を抱えて跳躍した。
枝を伝い、風を裂き、一気に高度を上げる。
遺跡近くで最も高い巨木へと到達したとき、視界が開けた。
森の向こう、歪んだ空気の奥に、巨大な影がうねっている。
ヒュドラ。
エルフの里を護る防護壁越しでも、その異様な規模は隠しようがなかった。
レオンは目を細める。
かなりの遠距離。
辛うじて戦況を捉えられる。
点のようにしか見えない人影が、巨体の周囲を包囲しながら食らいついている。
その中で一つ、あきらかに目立つ影があった。
跳躍し、斬りかかり、離脱する。
その動きだけで、誰かは分かる。
ガウィンだ。
この距離でなお目を引く。
その周囲だけ、動きの密度が明らかに違う。
「……あれを、本当に」
フェルシオーネの口から呟きが漏れる。
「倒す」
レオンは短く言い切った。
最終チェックに取り掛かる。
視線をレオンの手元に向け、フェルシオーネが問う。
「この技術を、どこで身につけたのですか?」
「検証と最適化の積み重ねだ」
即答だった。
フェルシオーネは言葉を失う。
そして、わずかに首を振る。
「それだけだとしたら、貴方の才能は三賢者にも匹敵することになる」
「光栄なことだ」
チェックの傍らに答える。
「……本当に、ヒュドラを倒せる魔法があるのですか?」
「理論上は可能だ。
最大の問題だった魔力量が解消できれば、倒せる」
断言だった。
フェルシオーネはそれ以上を問わない。
理解の外にあると判断した。
レオンはヴェリスの手を取る。
接続された魔力が、一気に流れ込んできた。
密度も量も桁が違う。
制御の壁を破ろうとする圧。
ヴェリスの手を握っていない方の手を掲げる。
詠唱を開始する。
「レイディア……」
光が集まる。
「フランマ……」
炎が絡む。
光と炎が融合し、螺旋を描いて収束していく。
空気が震え、周囲の温度が上がる。
詠唱が進むほどに、構築された魔法の規模が膨張していく。
詠唱が頂点に達する。
はち切れんばかりに収束したところで、レオンはヴェリスの手を強く握った。
合図。
両手が塞がったレオンに代わり、ヴェリスが腕を動かす。
フェルシオーネが即座に音魔法を展開する。
「散開」
指向性を持った声が戦場へ飛ぶ。
遠くに見える人影が、一斉に離脱した。
射線が空いた。
レオンは詠唱を完結させる。
「イグニス」
【シーン②:エルフの里のはずれ】
光が走った。
紅と白が混ざり合った光線が、一直線に空間を切り裂く。
ヒュドラの巨体へと突き刺さった。
瞬間、肉と鱗が焼き崩れ、巨体の一部が消し飛んだ。
即座に再生が始まる。
焼け落ちた部位が盛り上がり、形を取り戻していく。
焼却と再生が拮抗する。
光線は途切れない。
ヒュドラの巨体を押し込む。
軸を照らし続ける。
しかし、完全には崩せない。
ヒュドラがうねり、巨体を捻るたびに、わずかに軸が揺れる。
その揺れを追従しようと補正する。
魔力の流れが乱れる。
制御が揺れる。
光線がわずかに逸れた。
森の一角をかすめるように薙ぎ払い、一帯の樹木がまとめて蒸発する。
焼けた痕跡だけが一直線に残る。
レオンは無理やりに収束を押さえ込み、再び軸を固定する。
負荷が積み上がってゆく。
崩壊の兆しが走る。
不意に、ヴェリスの声が割り込む。
「異常発生。
遺跡装置、アラート検知」
さらに報告。
「出力……維持……困難」
音が途切れかける。ヴェリスも限界に近い。
だが、ここで止めればすべてが無駄になる。
――押し切る。
出力を引き上げる。
制御限界を踏み越え、光線の密度が一段上がる。
焼却が再生を上回り始める。
ヒュドラの動きが鈍る。
再生が追いつかない。
さらに出力を重ねる。
収束が震える。
崩壊寸前。だが維持する。
次の瞬間、光線が巨体の中心を貫いた。
内部から焼き尽くされ、ヒュドラの動きが止まる。
再生は、起きない。
巨体が崩れ落ち、そのまま完全に沈黙した。
光が収束し、森に焼けた匂いだけが残る。
小山のような骸が、そこに横たわっていた。
フェルシオーネはしばらく動けず、その光景を見続ける。
戦場も、魔法も、そのすべてが理解の外にあった。
やがて、かすかに声が漏れる。
「……ありえない」
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