第71話 ヒュドラ
【シーン①:遺跡の外】
遺跡を出た瞬間、空気が変わった。
静かすぎる。
風はある。葉は揺れている。
だが、音がない。
鳥の声がしない。
レオンは足を止めた。
一瞬だけ周囲を見る。
いったん保留する。
「……戻るか」
短く言って歩き出す。
フェルシオーネは何も言わず、後に続いた。
頭の中では、別の計算が回っている。
装置の修復は現実的ではない。
構造は理解できても、再現ができない。
停止は可能。
漏洩は止まらない。
取るべき選択肢は一つ。
――放出。
残存魔力をすべて吐き出させる。
それを受ける先は、ヴェリス。
レオンは視線を横に向けた。
「ヴェリス」
「ナニ」
「全量を受けた場合、どれくらいかかる」
「概算、三年」
三年。
その間、漏洩は続く。
ヴェリスも動けない。城塞都市の遺跡への定期補充が滞る。
目的が果たせない。
「短縮、可能。
タダシ、損耗リスク増大」
レオンは思考を止めない。
短縮。
リスクあり。
「……許容範囲の問題だな」
ただし。
エルフ側にとっては違う。
遺跡の魔力は、防壁の根幹だ。
それを失えば、里は裸になる。
反対が予測される。
理解はできる。
それでも、選択は変わらない。
歩を進める。
やがて、気配が戻ってきた。
ざわめき。
声。
足音。
張り詰めた空気。
異常が、顕在化していた。
【シーン②:エルフの里】
里は、騒然としていた。
エルフたちが行き交い、声を張り上げる。
普段の静けさはない。
「おい!」
背後から声が飛ぶ。
振り返ると、ガウィンが駆けてきた。後ろにはヘレナもいる。
「やばいのが来てる」
息は乱れていない。
どこか楽しげだった。
「何だ」
「ヒュドラだ」
短く言い切る。
フェルシオーネの表情が固まる。
「……それは本当ですか」
「ああ。遠目に見えた。
真っ直ぐこっち来てる」
レオンは動じない。
「規模は」
「でかい。丘みたいなもんだ」
ガウィンは笑った。
「首が何本かなんて、数える気も失せたな」
ヒュドラ。
多頭の蛇型魔獣。
再生能力が異常に高く、毒もある。
この規模なら、別物だ。
「狙いは」
「遺跡だろうな」
ガウィンは肩をすくめる。
「魔力に引き寄せられているようだぜ」
理屈は通る。
「長老は」
「会議やってる」
「行く」
レオンはそれだけ言って歩き出した。
【シーン③:長老の樹】
内部は、張り詰めていた。
円形の空間。
半樹の長老の前にエルフたちが集まり、議論している。
「防壁を三層にするべきだ」
「魔力が足りない」
「時間を稼げばいい」
声が交錯する。
フェルシオーネが前に出る。
「遺跡の調査は終わりました」
視線が集まる。
長老の声が流れ込む。
「報告せよ」
レオンが口を開く。
「装置は故障している」
ざわめきが止まる。
「魔力は漏れている状態だ。
停止しても、漏洩は止まらない」
空気が変わる。
「……では、防壁を強化するしかない」
誰かが言う。
「持たせるしかないな」
「時間を稼ぐ」
議論がまとまりかける。
レオンは首を振った。
「無理だ」
短い否定。
視線が刺さる。
「相手はヒュドラだ。
防壁では持たない」
「ならばどうする」
別の声。
レオンは一拍置く。
「迎撃する」
一瞬、静寂。
「……正気か」
若いエルフが吐き捨てる。
それを皮切りに、エルフの否定が噴出する。
「あれを撃破する?不可能だ」
「規模を見たのか」
「首の一本でも樹を砕くぞ」
レオンは動かない。
別の声が続く。
「あんなもの、相手にできるはずがない」
「時間を稼げば、被害を抑えられるのでは」
「無理だ。崩れる」
レオンが被せるように言う。
「防壁はいずれ破られる。
その前提で考えろ」
若いエルフが一歩踏み出す。
「なら、どうしろと言う」
レオンは視線を上げる。
「迎撃が不可能なのは、現状の戦力だけで考えているからだ」
空気が止まる。
「遺跡の魔力を使う」
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