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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
冒険者編
77/111

第70話 魔術師の遺跡

【シーン①:遺跡】

 森の奥、苔むした岩壁の前でフェルシオーネが足を止めた。

 

「ここです」

 視線の先には、何もない。

 レオンは迷わず前に出る。

 

 手をかざす。

 空間の歪みを探るように、指先を滑らせる。

 

 わずかに、感触があった。

 魔力の膜。

 城塞都市の遺跡で触れたものと、同質だ。

「……あるな」

 低く呟く。

 

 直後。

 背後でヴェリスが一歩前に出た。

 何もしていない。

 ただ、そこに立っただけだ。

 

 膜が、音もなくほどけた。

 岩壁が揺らぎ、奥への通路が現れる。

 

 

「……マスター」

  短い呼びかけだった。

  扉が開いた理由ではなく、確認のような声だった。

  レオンはうなずく。

「行くぞ」

 

 フェルシオーネが息を呑む。

「……解除した?」

「してない」

 レオンは短く返す。

「鍵が来たから開いただけだ」

 フェルシオーネは一瞬、口を開いたまま止まった。

 

 千年間、誰も開けられなかった。

 それが、この人形が近づいただけで開いた。

 言葉が出ない。

 それだけのことだった。

 

 

 内部へ足を踏み入れる。

 空気が変わる。乾いている。時間の止まった空間だ。

 

 構造に、見覚えがあった。

 石造りの通路。等間隔に配置された灯り。壁面を埋める文字列。

 城塞都市の遺跡と、よく似ている。

 

 ただし、規模が違う。通路は広く、奥行きも深い。

 同系統の、上位構造だった。

 

 

 レオンは迷わず進む。

 分岐で足を止めることもない。

「……どうして分かるの」

 背後からフェルシオーネの声。

「同じ設計思想だ」

 それだけ答える。



【シーン②:最奥】

 最奥の空間は、広かった。

 

 中央に、円柱状の構造物がそそり立っている。

 透き通るような殻の内部で、淡い光が揺れている。

 魔力核だ。

 その隣に、もう一つ。

 人一人が収まるほどの窪み。

 城塞都市で見たものと、同じ構造だった。

 

 ヴェリスが一歩近づく。

 その瞬間、光が走った。

 円柱の表面に線が浮かび上がり、順に灯っていく。

 低い振動音。

 

 だが、途中で止まる。

 灯った光が、不意に消えた。

 

 沈黙。

 

 再び、別の箇所から光が立ち上がる。

 また、途中で止まる。消える。

「……途中で力尽きる感じがするな」

 レオンが呟く。

 

 ヴェリスが静かに口を開く。

「状況確認、スル」


 ヴェリスが手を触れる。

 

「残量、八〇七四。

 最大、九九九九。

 微弱、減少チュウ」

 淡々とした報告だった。

 

 レオンは数値を頭の中で整理する。

 八割程度。

 しかも減り続けている。

 減少速度が問題だ。

 

 視線を壁面へ移す。

 黒い石板が立てかけられていた。

 城塞都市と同じ形式。

 

 一枚を手に取る。裏返す。詠唱が刻まれている。

 魔力を流す。

 光が走った。

 文字が表面に浮かび上がる。

 指を滑らせる。表示が切り替わる。

 遥か昔の感覚が思い出される。

 

 使える。

 単語も少しなら理解できる。構文も追える。

 だが。

 

 

 フェルシオーネが覗き込む。

「……読めるのか?」

「ある程度は」

「これは古いエルフ語よ。現代でも解読できる者は限られる」

 声に、わずかな硬さがあった。

 

 レオンは答えない。

 指を動かし続ける。

 表示が次々と切り替わる。

 読めない箇所で、ヴェリスへ石板を向ける。

 ヴェリスが覗き込む。

 短く、必要な部分だけが返ってくる。

 それを繋ぎ合わせていく。


 設計図に近い記述。魔力経路の図示。数値の羅列。

 

 フェルシオーネが眉をひそめる。

「……待って。その箇所は」

 手を伸ばしかけて、止まる。

「なんでもない」

 短く、それだけ言った。

 

 千年前の記述体系。

 同じエルフ語でも、体系が違いすぎる。

 フェルシオーネは口を閉じた。

 理解が、追いつかなかった。

 

 レオンは読み進める。

 

 

 魔力の経路が、繰り返し出てくる。

 収集。蓄積。そして――

 違和感があった。

 流れの方向が、想定と逆だ。

 

「……逆か」

 小さく呟く。

「何が?」

「流れだ。収集して、蓄えて――出している」


 数値の配置。経路の終点。出力先の座標。

 一致する。



 石板から視線を上げる。

 円柱を見る。窪みを見る。ヴェリスを見る。

 繋がる。

 

「ヴェリス」

「ナニ」

「この施設を知っているか」

「シラナイ」

 即答。

 

「推測、スル。

 休眠後、作成サレタ。

 運用仕様、ナシ」

 

 レオンは息を吐く。

 設計者が、この施設をヴェリスに知らせなかった。

 運用者に知らせる必要がないからだ。

 ヴェリスは使う側ではない。

 使われる側として設計されている。

 

「……これは蓄積装置じゃない」

 言葉が落ちる。

「供給装置だ。ヴェリスへの」

 フェルシオーネの表情が変わる。

「……人形に?」

「ああ」

「この規模が、人形一体のために?」

 声に否定が混じる。

 理解できない、という反応だった。

 

「個体一つに対して、過剰すぎる」

 レオンは低く言う。

 規模が合わない。

 だが成立している。

 設計自体が、歪んでいる。

 設計者の意図は、まだ見えない。

 

 

 石板を次のページへ進める。

 記述の中に、一つの名前が現れた。

「ギニアス」

 フェルシオーネが反応する。

「知ってるの?」

「知らない」

 先を促す。

「古代の賢者よ。いわゆる三賢者のひとり」

「三賢者。実在したのか」


 フェルシオーネは一拍置いた。

「エルフだった、と伝わっている。魔道具の設計に長け、数多くの大型装置を作った。

 最後は実験中の事故で死んだとされている」

「この遺跡を作ったのがそいつか」

「おそらく。里でもそう伝わっている」


 レオンは石板へ視線を戻す。

 ギニアスの記述が続いている。

 

 設計思想。魔力経路の根拠。稼働条件。

 

 読み進めるほどに、構造が見えてくる。

 長期間の低負荷待機を前提としていない設計だった。

 定期的な供給と、定期的な使用を想定している。

 それが千年間、止まっていた。

 本格稼働に耐えられないのは、当然の結果だった。

 

 

 円柱で、光がまた立ち上がる。

 順に灯っていく。

 半ばで止まる。

 消える。

 

「……長期間止まってたからか」

 レオンが呟く。

「定期稼働の想定だ。想定外の放置で、劣化が進んでいた」

 フェルシオーネが口を開く。

「なら、停止すればいい」

 即答。

 危険なものは止める。

 合理的だった。

 

「機能を停止しても入口が閉じるだけだ。漏洩は止まらない」

 レオンは首を振る。

「……どういうこと」

「故障している」

 装置を指さす。

「供給しきれていない分が残っている。

 故障で漏れ出している。

 止めても消えない」

 

 フェルシオーネは言葉を失う。

 止めれば解決すると思っていた。

 次の言葉が出てこない。

 

「やはり」

 レオンが小さく呟く。

「止めるだけでは解決しない」


 視線を装置全体へ向ける。

 必要なのは停止ではない。

 処理だ。

 

 

 光が、また立ち上がる。

 途中で止まる。

 消える。

 繰り返す。

 

「……ここまでやるか、普通」

 誰に向けたものでもない言葉だった。

 視線はヴェリスに向いている。

 そして、その奥。

 見えない設計者へ。

 

 思考は、次の段階へ移っていた。

――ではどうするか。

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