第70話 魔術師の遺跡
【シーン①:遺跡】
森の奥、苔むした岩壁の前でフェルシオーネが足を止めた。
「ここです」
視線の先には、何もない。
レオンは迷わず前に出る。
手をかざす。
空間の歪みを探るように、指先を滑らせる。
わずかに、感触があった。
魔力の膜。
城塞都市の遺跡で触れたものと、同質だ。
「……あるな」
低く呟く。
直後。
背後でヴェリスが一歩前に出た。
何もしていない。
ただ、そこに立っただけだ。
膜が、音もなくほどけた。
岩壁が揺らぎ、奥への通路が現れる。
「……マスター」
短い呼びかけだった。
扉が開いた理由ではなく、確認のような声だった。
レオンはうなずく。
「行くぞ」
フェルシオーネが息を呑む。
「……解除した?」
「してない」
レオンは短く返す。
「鍵が来たから開いただけだ」
フェルシオーネは一瞬、口を開いたまま止まった。
千年間、誰も開けられなかった。
それが、この人形が近づいただけで開いた。
言葉が出ない。
それだけのことだった。
内部へ足を踏み入れる。
空気が変わる。乾いている。時間の止まった空間だ。
構造に、見覚えがあった。
石造りの通路。等間隔に配置された灯り。壁面を埋める文字列。
城塞都市の遺跡と、よく似ている。
ただし、規模が違う。通路は広く、奥行きも深い。
同系統の、上位構造だった。
レオンは迷わず進む。
分岐で足を止めることもない。
「……どうして分かるの」
背後からフェルシオーネの声。
「同じ設計思想だ」
それだけ答える。
【シーン②:最奥】
最奥の空間は、広かった。
中央に、円柱状の構造物がそそり立っている。
透き通るような殻の内部で、淡い光が揺れている。
魔力核だ。
その隣に、もう一つ。
人一人が収まるほどの窪み。
城塞都市で見たものと、同じ構造だった。
ヴェリスが一歩近づく。
その瞬間、光が走った。
円柱の表面に線が浮かび上がり、順に灯っていく。
低い振動音。
だが、途中で止まる。
灯った光が、不意に消えた。
沈黙。
再び、別の箇所から光が立ち上がる。
また、途中で止まる。消える。
「……途中で力尽きる感じがするな」
レオンが呟く。
ヴェリスが静かに口を開く。
「状況確認、スル」
ヴェリスが手を触れる。
「残量、八〇七四。
最大、九九九九。
微弱、減少チュウ」
淡々とした報告だった。
レオンは数値を頭の中で整理する。
八割程度。
しかも減り続けている。
減少速度が問題だ。
視線を壁面へ移す。
黒い石板が立てかけられていた。
城塞都市と同じ形式。
一枚を手に取る。裏返す。詠唱が刻まれている。
魔力を流す。
光が走った。
文字が表面に浮かび上がる。
指を滑らせる。表示が切り替わる。
遥か昔の感覚が思い出される。
使える。
単語も少しなら理解できる。構文も追える。
だが。
フェルシオーネが覗き込む。
「……読めるのか?」
「ある程度は」
「これは古いエルフ語よ。現代でも解読できる者は限られる」
声に、わずかな硬さがあった。
レオンは答えない。
指を動かし続ける。
表示が次々と切り替わる。
読めない箇所で、ヴェリスへ石板を向ける。
ヴェリスが覗き込む。
短く、必要な部分だけが返ってくる。
それを繋ぎ合わせていく。
設計図に近い記述。魔力経路の図示。数値の羅列。
フェルシオーネが眉をひそめる。
「……待って。その箇所は」
手を伸ばしかけて、止まる。
「なんでもない」
短く、それだけ言った。
千年前の記述体系。
同じエルフ語でも、体系が違いすぎる。
フェルシオーネは口を閉じた。
理解が、追いつかなかった。
レオンは読み進める。
魔力の経路が、繰り返し出てくる。
収集。蓄積。そして――
違和感があった。
流れの方向が、想定と逆だ。
「……逆か」
小さく呟く。
「何が?」
「流れだ。収集して、蓄えて――出している」
数値の配置。経路の終点。出力先の座標。
一致する。
石板から視線を上げる。
円柱を見る。窪みを見る。ヴェリスを見る。
繋がる。
「ヴェリス」
「ナニ」
「この施設を知っているか」
「シラナイ」
即答。
「推測、スル。
休眠後、作成サレタ。
運用仕様、ナシ」
レオンは息を吐く。
設計者が、この施設をヴェリスに知らせなかった。
運用者に知らせる必要がないからだ。
ヴェリスは使う側ではない。
使われる側として設計されている。
「……これは蓄積装置じゃない」
言葉が落ちる。
「供給装置だ。ヴェリスへの」
フェルシオーネの表情が変わる。
「……人形に?」
「ああ」
「この規模が、人形一体のために?」
声に否定が混じる。
理解できない、という反応だった。
「個体一つに対して、過剰すぎる」
レオンは低く言う。
規模が合わない。
だが成立している。
設計自体が、歪んでいる。
設計者の意図は、まだ見えない。
石板を次のページへ進める。
記述の中に、一つの名前が現れた。
「ギニアス」
フェルシオーネが反応する。
「知ってるの?」
「知らない」
先を促す。
「古代の賢者よ。いわゆる三賢者のひとり」
「三賢者。実在したのか」
フェルシオーネは一拍置いた。
「エルフだった、と伝わっている。魔道具の設計に長け、数多くの大型装置を作った。
最後は実験中の事故で死んだとされている」
「この遺跡を作ったのがそいつか」
「おそらく。里でもそう伝わっている」
レオンは石板へ視線を戻す。
ギニアスの記述が続いている。
設計思想。魔力経路の根拠。稼働条件。
読み進めるほどに、構造が見えてくる。
長期間の低負荷待機を前提としていない設計だった。
定期的な供給と、定期的な使用を想定している。
それが千年間、止まっていた。
本格稼働に耐えられないのは、当然の結果だった。
円柱で、光がまた立ち上がる。
順に灯っていく。
半ばで止まる。
消える。
「……長期間止まってたからか」
レオンが呟く。
「定期稼働の想定だ。想定外の放置で、劣化が進んでいた」
フェルシオーネが口を開く。
「なら、停止すればいい」
即答。
危険なものは止める。
合理的だった。
「機能を停止しても入口が閉じるだけだ。漏洩は止まらない」
レオンは首を振る。
「……どういうこと」
「故障している」
装置を指さす。
「供給しきれていない分が残っている。
故障で漏れ出している。
止めても消えない」
フェルシオーネは言葉を失う。
止めれば解決すると思っていた。
次の言葉が出てこない。
「やはり」
レオンが小さく呟く。
「止めるだけでは解決しない」
視線を装置全体へ向ける。
必要なのは停止ではない。
処理だ。
光が、また立ち上がる。
途中で止まる。
消える。
繰り返す。
「……ここまでやるか、普通」
誰に向けたものでもない言葉だった。
視線はヴェリスに向いている。
そして、その奥。
見えない設計者へ。
思考は、次の段階へ移っていた。
――ではどうするか。
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