第68話 エルフ
【シーン①:野営】
大森林は広い。
ある学者の記録によれば、その広さは直轄王領に匹敵する。
レオンの故郷、辺境城塞都市アイゼンヴァルトも、その一端に触れている。
今回レオンたちが向かうのは、アイゼンヴァルトとは逆側だった。
ラインバッハから二日。森に入っても、二日。
幸い、魔物の襲撃はない。
それでも、森の闇は着実に深くなっていた。
「目的の遺跡まで、あと二日程なんだな」
レオンはハンスに尋ねた。
焚き火を囲んで、定例の状況確認を行っている。
「ああ、遺跡は森の深部だからな」
地図を示す。
「いまはこのあたりだ。
ここから森がまた険しくなるから、距離的には近く見えるが時間はかかる」
「そろそろ、その遺跡についての情報が欲しい」
単刀直入に切り出す。
ハンス達が情報を小出しにしているのは分かっていた。
遺跡探索という目的が聞けたのも、大森林に入る直前だった。
明確な敵対意思は感じないが、理由が不明だ。
――常に先手を握られている。
不明なことは他にもあった。
――観察されている。
森に入ったときから監視されている。
これにも敵意を感じない。
碧の疾風のレンジャー――フェルシオーネが観察していることは、依頼を受ける前から分かっていた。
それに加えての、視線。
しかも、探知魔法にかからない。
存在そのものが抜ける感覚だった。
戦力差は、ここまでの同行で十分に見えていた。
ダイヤランクのパーティは伊達ではない。
こちらを制圧しようと思えば、できる。
それをしない。
理由が見えない。
「遺跡は、遥か古代のものらしい」
ハンスが口を開いた。
「偉大な魔法使いが作ったと聞いている」
「誰から?」
視線だけをハンスに向ける。
一瞬、ハンスの言葉が詰まる。
「伝聞の伝聞だ。
誰からというのは、重要じゃない」
明らかに嘘だった。
おそらく、依頼主だろう。
そこに触れさせたくない。
それだけのことだ。
「秘密が多すぎる。
安全性が担保できない」
レオンは、あえて語気を強めた。
「俺たちでなければならない理由は、なんだ」
核心を突く。
風が吹いた。
木々が一斉にざわめく。
焚き火の炎は一瞬膨れ上がったが、すぐに落ち着きを戻した。
小さく爆ぜる音だけがする。
「そろそろ頃合いね」
背後から声だけが現れた。
何も、無いはずの場所だった。
警戒はしていた。
それでも、そこに声の主が立っていた。
気配も音も捉えられなかった。
振り向くまでもない。
フェルシオーネだった。
「あなたたちの危険性を計っていました」
丁寧で冷淡な口調だった。
「とりあえずは合格です」
レオンは返さない。
フェルシオーネが回り込み、ハンスの後ろに立つのを見る。
「あなた方に向かってもらうのは、エルフの里の中にある”魔術師の遺跡”です」
エルフ。遺跡。思考が止まる。
一つ、心当たりがあった。
表情には出さない。
「大森林のエルフの里。
噂ではなかった」
フェルシオーネが頷く。
「遺跡……は、調査もしくは破壊が目的か」
「制御です」
フェルシオーネは即答した。
「すでに暴走の兆候がある」
単なる探索ではない。
危険度が跳ね上がる。
「方法は」
短く問う。
「ヴェリスさんの力をお借りしたい」
――やはり。
――どこまでを知っているのか。
レオンは警戒度を最大に上げる。
ヴェリスの正体については、ガウィンにもヘレナにも伝えていない。
ここに来るまで、深いローブを着せ、ほぼ話もさせていない。
ローブから覗く末端も、その動作も、人間と変わりはない。
しかし、知られている。
「しばらく前から観察をさせていただいていました。
危害を加える意思がないことは、おわかりいただけているはずです」
レオンは沈黙したまま、周りの様子を探る。
把握できる範囲には、この三人だけしかいない。
「こちらにも選択権はある」
静かに言う。
「内容次第では、この場で降りる」
風が、また、強く吹いた。
遠くで、何かの鳴き声がした。
深い闇がそこにはあった。
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