第64話 ドワーフ工廠
【シーン①:工廠】
山肌に開いた入口を抜けると、空気が変わった。
湿り気を帯びた冷気の奥で、重い音が連続している。
打撃音。回転音。軋み。
規則的に重なり、止まらない。
視界が開ける。
広い空間だった。
天井は高く、壁面に沿って足場が組まれている。
下では複数の炉が赤く灯り、火の明かりが揺れていた。
歯車が回っている。
大小の円盤が連結し、軸を伝って別の機構へと繋がる。
ぜんまいが巻かれ、解放され、また巻かれる。
魔力の流れはない。
それでも動いている。
ガウィンが足を止めた。
あちこちを見回す。
「いいな、これ。ずっと見てられる」
ヘレナが横目で見る。
「ホント、”おとこのこ”ってのは、こういうの好きだな」
ガウィンは気にせず歩き出す。
近くの装置に顔を寄せ、動きを追う。
レオンはその背を見ながら、機構の流れを追う。
動力は重力。落下と回転。
伝達は機械的連結。損失は大きいが、構造は単純だ。
再現は可能。
とはいえ――
――魔法の方が洗練されている。
思考を切る。
深入りする必要はない。
足場の上では、作業者が部品を運んでいた。
声はない。
各自の動きが、嚙み合っている。
工廠そのものが、一つの機構として動いていた。
ヘレナが前に出る。
「行くよ。店はこっちだ」
通路を進む。
炉の熱が遠ざかり、音が少しだけ落ちる。
代わりに金属の擦れる音が近づいた。
扉の前で止まる。
ヘレナが叩く前に、中から声がした。
「開いてるぞ」
そのまま押し開ける。
中は狭い。
だが整っている。
工具が壁に並び、中央の台に未完成の刃が置かれていた。
【シーン②:ゼムストの店】
「よう」
振り向いたドワーフが手を上げる。
短い髭。煤で黒く汚れた手。
表情は軽い。
「久しぶりだな、ヘレナ」
「生きてたか、ゼムスト」
「勝手に殺すな」
ゼムストは笑いながら近づく。
目がガウィンの装備へ落ちる。
自然な動作だった。
「……見せてみろ」
言われるままに武器を差し出す。
ゼムストは片手で持ち上げ、軽く振る。
刃先を指でなぞる。
一瞬で終わる。
「歪んでるな」
短い断定だった。
「こんなんじゃ、すぐ折れちまうぞ」
ガウィンは片方の肩を落とす。
「じゃあ直してくれよ」
「そいつはもう寿命だ」
「なら、新しいのを作ってくれ。
絶対壊れなくて、切れ味がいいやつ」
間を置かない。
ゼムストは呆れたように息を吐く。
「無茶言うな」
ガウィンは笑うだけだ。
「できるんだろ」
ゼムストの眉がわずかに動く。
口元が一度だけ引き締まった。
「……素材がねえ」
それだけ言う。
説明はない。
「じゃあ取ってくるさ」
ガウィンは即答した。
ゼムストが鼻で笑う。
「簡単に言うな」
「何が要る」
ゼムストが、ガウィンを品定めをするように見つめる。
「……ベヒモスだな」
言葉が落ちる。
重さはあるが、口調は軽い。
ガウィンが口の端を上げる。
「お前さんの技量に合わせるとすりゃ、それくらいは要る。
やれんのか?」
ゼムストが返す。
試すような間だった。
「やるに決まってんだろ」
即答だった。
ヘレナが間に入る。
「こっちにも相談しろ。予算が……」
ガウィンは肩を回すだけだ。
すでに動く前提になっている。
レオンは一歩引いた位置で整理する。
――ベヒモス。
地竜に匹敵する、高難易度の魔獣だ。
岩より硬い表皮と、その巨大な体格そのものを武器とする。
とはいえ、弱点はある。
「勝算はある」
結論だけを出す。
ゼムストが頷く。
「最近、南の谷で見たって噂だ。まだいるはずだ」
ガウィンはもう扉に向かっている。
「行くぞぉ」
ヘレナがため息を一つ吐く。
「……ほんとに行くんだな」
レオンは何も言わない。
すでに決まっている。
外へ出る。
工廠の音が背後で鳴り続けている。
足は止まらない。
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