第63話 疑惑
【シーン①:アジト】
アジトの空気は落ち着いていた。
救出されたビーストマンたちは、壁際や床に腰を下ろし、それぞれ静かに息をついている。
大きな声はない。
構成員たちが、互いに肩を寄せている。
負傷者はいる。
だが、致命的な損耗はない。
被害は最小限。
結果は、出来すぎている。
ザッハはいつもと変わらない様子で構成員と言葉を交わしている。
笑いもある。
日常に戻りつつあった。
ヘレナは少し離れた位置でそれを見ていた。
視線は向けている。
だが、焦点は合っていない。
ギムの名が残っている。
受け止めきれていない。
それでも、顔には出さない。
救えた命の方が多い。
それだけが、ヘレナの表情を保たせているように見えた。
ヘレナは一度だけ目を閉じる。
すぐに開く。
それ以上は、何も言わなかった。
レオンはそれだけ確認して、視線を外す。
アジトの端。
人の気配が薄い場所を選び、レオンはヘレナに声をかける。
「少し、いいか」
ヘレナは短く頷く。
言葉は少ない。
だが、拒絶はない。
「収監場所の件だ」
レオンが切り出す。
「バットが見つけたのか?」
「らしいね」
ヘレナが応じる。
「候補の洗い出しも、優先順位の判断も、全部バットだ」
「実際の救出も?」
「ザッハと私たちが行った場所以外は、バットが指揮してる」
ヘレナの回答に、レオンは頷く。
予想通りだった。
「ギムの最期を見たのも……、バットだけか?」
「……そうなるね」
否定はなかった。
レオンはそれ以上は聞かない。
必要な情報は揃っている。
それ以上は、意味がない。
レオンは思考を整理する。
人質は分散収容。
防衛強度を基準にした推定は外れた。
救出は成功。
ギムのみ死亡。
整合は取れている。
矛盾はない。
だが。
すべての起点が、バットにある。
収監施設を見つけたのも。
どこを優先するか決めたのも。
救出の指示、実行も。
そして、ギムの最後を見たのも――。
どの情報も、第三者が介在していない。
裏付けがない。
否定もできない。
証明が存在しない。
確認の手段がない。
ヘレナを見る。
表情が暗い。
目が合う。
言葉はなかった。
【シーン②:葬儀】
簡素な見送りだった。
ギムの葬儀の場が落ち着き、人の流れが途切れる瞬間をレオンは待った。
誰かが声をかける前に、動く。
遺体の傍に膝をつく。
時間はない。
素早く、しかし確実に確認する。
致命傷は一つ。
背後からの刺突。
深い。
迷いがない。
庇ったという説明とは一致しない。
正面で受ける傷ではない。
しかし、それを示す材料は残っていない。
目撃もない。
証言は一つだけ。
バットのものだ。
他に、何もない。
事件は、終わった。
誰も疑問を口にしない。
救出は成功した。麻薬施設も潰した。
――結果だけを見れば、前進している。
ザッハは満足している。
構成員も納得している。
ヘレナも受け入れている。
アジトの中は穏やかだった。
レオンは結論を出さない。
出せない。
――証拠がない。
整理された構造。
欠落した過程。
一致しない傷。
それらが、同じ方向を向いている。
偶然ではない。
――意図がある。
それだけは、確信する。
言葉にはしない。
意味がない。
【シーン③:出発】
準備が整う。
ザッハファミリーは日常へ戻る。
レオンたちはこの街を離れる。
目的は残っている。
ドワーフ工廠。
やるべきことは変わらない。
ヘレナが一度だけ、アジトを振り返る。
何も言わない。
ガウィンは黙って歩く。
ヴェリスも続く。
レオンは足を止めない。
事件は解決した。
そういう形に、なっている。
後ろ髪を引かれる感覚だけが、残る。
だが、振り返らない。
前に進む。
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