第62話 バット
【シーン①:アジト帰還】
「申し訳ございません」
アジトに戻ったザッハたちを待っていたのは、深く頭を下げたバットだった。
その場で膝をつき、額が床に触れるほどの姿勢で静止している。
所作に迷いはない。
準備されていた動きだった。
ザッハは足を止める。
周囲の構成員も動かない。
視線だけが、バットに集まる。
「人質収監場所の選定を誤りました」
顔を上げないまま、バットは続ける。
「防衛が強固な施設を優先する判断を取りましたが、実際には人質は分散され、防衛の薄い拠点に収容されていました」
一拍、置く。
「結果として、対応が遅れました。すべて私の判断ミスです」
言葉は淀みなく出る。
整っている。
余計な装飾がない。
感情は乗っていないが、欠落もしていない。
ザッハは何も言わない。
「救出は完了しております」
その一言で、室内の空気がわずかに動く。
ヘレナが顔を上げる。
ガウィンの視線が鋭くなる。
「とらわれていた構成員は?」
短い問いだった。
「ギム以外は無事です」
返答は即座だった。
ヘレナの呼吸が止まる。
そのまま、言葉が出ない。
バットは続ける。
「ギムは、救出時に他の構成員を庇い、そのまま――」
言葉が、途切れる。
崩れはない。
「命を落としました」
室内が静まる。
ヘレナは視線を落とす。
唇がわずかに動くが、音にはならない。
ザッハは動かない。
表情だけが、わずかに変わる。
「責任はすべて私にあります」
バットは姿勢を崩さない。
「判断の誤りにより、最古参の構成員を失いました」
息を呑む。
「いかなる処分も受ける覚悟です」
沈黙が落ちる。
誰も口を開かない。
「必要であれば、この場からの離脱も――」
「いい」
ザッハが遮る。
短い一言だった。
バットの言葉が止まる。
頭はまだ下がったまま。
「戻ってきたんだろ」
ザッハはそれだけを言う。
「他は無事なんだな」
「はい」
即答だった。
ザッハは小さく頷く。
「なら、それでいい」
判断は早い。
迷いがない。
それ以上、追及はなかった。
周囲の構成員たちが、静かに息を吐く。
張り詰めていたものが、少しずつほどけていく。
救出は成功した。
その認識が、場をゆっくりと満たしていく。
ヘレナはまだ動かない。
視線は床に落ちたまま。
ゆっくりと顔を上げる。
息を、一度だけ整える。
それだけだった。
バットはようやく頭を上げる。
表情は崩れていない。
謝罪の形を保ったまま、静かに立ち上がる。
【シーン②:レオンの観察】
説明は揃っている。
筋も通っている。
防衛強度を基準にした選定。
分散収容による想定外。
救出成功。
ギムのみ死亡。
整合は取れている。
結果も出ている。
場はすでに収束している。
誰も疑問を口にしない。
だが。
過程が、ない。
どこで分散を把握したのか。
どう救出に至ったのか。
なぜ、間に合ったのか。
情報は提示されている。
繋がりがない。
提示された事実と事実の間に、何かが抜けている。
バットの言葉に隙はない。
感情の揺れもない。
謝罪の形は完璧だった。
完璧すぎる。
――準備されていた。
レオンは視線をバットへ戻す。
バットは静かに立っている。
こちらを見ていない。
見る必要がない、という立ち方だった。
問いを口にする理由がない。
証拠がない。
場の空気が、それを許さない。
全員が、結果を受け取っている。
レオンは視線を外す。
納得はできる。
理解には至らない。
それでも。
違和感だけが、静かに残った。
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