第61話 魔族の力
【シーン①:拠点前】
街の外れ、土埃の舞う斜面の先に、それはあった。
石造りの建物。
背は低いが、壁は厚く、窓は少ない。
周囲からは隠されるように建てられ、入口には武装した見張りが立っている。
人の出入りはほとんどない。
だが、完全に止まっているわけでもない。
レオンは立ち止まり、全体を観測する。
構造は堅牢。
警備は過剰。
人質を収監する施設ではない。
「どうする」
ガウィンが低く問う。
「警備の注意を逸らす」
レオンは即答する。
「待て」
ザッハが前に出る。
そのまま、監視の死角へと滑り込む。
建物の裏側。
視線が届かない位置で、ザッハは壁に手を当てた。
押すでもなく、叩くでもない。
触れた瞬間、石壁が沈んだ。
音はない。
砕けてもいない。
ただ、そこに“穴がある”状態に変わっていた。
ザッハは中を覗き、軽く頷く。
「入れるぞ」
広げるように手を動かすと、穴は人一人分まで自然に拡張される。
「……どんな魔法なんだ」
レオンの声は低い。
「うまくは言えん。こんな感じだ」
ザッハは気にした様子もなく答える。
全員が中へ入る。
最後にザッハが手を離すと、壁は何事もなかったかのように戻った。
「見つかると面倒だ」
軽い口調だった。
レオンは沈黙する。
理解が追いつかない。
魔法の属性分類も、現象発生の結果も、既存の魔法理論に当てはまらない。
念のため、意識を内側へ向ける。
――解析。
返答は一瞬だった。
≪詠唱が見当たりません。現象の評価ができません。魔力の動きが確認できませんでした。解析不能です≫
それ以上は出ない。
【シーン②:拠点内】
廊下は静かだった。
足音が響く。反響はあるが、生活音はない。
レオンは短く詠唱する。
「ピング」
音が広がる。
反射して返ってくる波形を読み取る。
人影は――、ない。
複数の部屋。魔法装置の反応。熱源あり。
だが、移動体が極端に少ない。
ザッハは気にせず進む。
扉の前で立ち止まり、手をかざす。
金属の鍵が、音もなく崩れた。
レオンは床に落ちた断片を拾う。
縁は滑らかで、熱を通したような変形をしている。
焦げ跡はない。融解跡に近い。
理解できない。
ザッハは次の扉へ進む。
同じ動き。同じ結果。
いくつ目かの扉を開けた先で、視界が開けた。
広い室内。
整然と並ぶ鉢植え。中央には大型の窯。下部には魔道具の炉。
空気が違う。
甘い。鼻に残る。
中にいた男たちが振り返る。
「なんだ、おまえらは」
「こっちのセリフだ」
ザッハが前に出る。
「ここでなにをやっている」
返答はない。
ヘレナが一歩進み、植物に手を伸ばす。
「触るな!」
男が叫ぶ。
同時に動こうとするが、ガウィンの一撃で沈む。
ヘレナは葉を指で潰し、匂いを確かめる。
「……麻薬ね」
ザッハの表情が変わる。
「麻薬を作ってるのか」
低い声だった。
男たちが後ずさる。
逃げようとするが、ガウィンが順に叩き落とす。
抵抗は成立しない。
「麻薬は弱いやつから壊れる」
ザッハは魔法装置を睨みつけた。
「だから潰す」
肩を回す。
そのとき、背後の扉が開いた。
屈強な男たちが流れ込む。
「ザッハ自ら来るとはな。いい度胸だ」
「うちの構成員を返してもらおう」
「何の話だ」
間髪入れずに返る。
「とぼけるな」
「ここを知られた以上、生かしては返さん。やれ」
男たちが一斉に動く。
だが、戦いにはならなかった。
ザッハは構えない。
避けもしない。
剣が振られる。
だが、当たらない。
触れたはずの軌道が、逸れる。
ザッハが腕を振る。
軽い動きだった。
それだけで、男の身体が吹き飛ぶ。
衝撃の方向と一致しない。
壁に叩きつけられ、沈黙する。
次。
また次。
防御も、間合いも、意味を持たない。
レオンは観測する。
力の流れが読めない。
干渉が成立していない。
――戦いではない。
数秒後、立っているのはザッハだけだった。
ザッハは一人を掴み上げる。
目を合わせる。
男の表情から、力が抜けた。
抵抗の意思が、どこかへ消える。
「うちの構成員はどこだ」
男は呆然としたまま口を開く。
「……しらない」
即答だった。
ザッハは手を離す。
男が床に転がる。
もう見てもいない。
レオンは周囲を観察する。
拘束具がない。牢もない。監視用の区画もない。
作業場。
それだけだ。
工員。
戦闘員はいるが、収容機能はない。
構造が合わない。
「ここじゃない」
短く断定する。
ザッハが舌打ちする。
「はずれか」
視線を装置へ向ける。
「それでも、これは残せないな」
手をかざす。
火球が生まれる。
規模が大きい。
「下がってろ」
言葉と同時に、全員が距離を取る。
倒れていた男たちも這って離れる。
火球が放たれる。
爆音。
装置が吹き飛ぶ。
炎が広がる。
可燃物に引火し、建物全体へと回る。
崩壊は早かった。
【シーン③:拠点前】
外へ出る。
炎はすでに屋根を舐めている。
ザッハは振り返らない。
「戻るぞ」
足が速い。
急ぎ次を探さなければならない。
だが、レオンは考える。
情報は正しかった。
場所も存在していた。
それでも、目的とは噛み合わない。
候補の中で、最短を選んだ。
いや――選ばされた。
足を止める理由はない。
だが、確信だけが残る。
一手、遅れている。
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