第7話 見えない値
【シーン①:自室】
まぶたを開いた瞬間、視界いっぱいに人の顔があった。
父。母。そしてマルタ。
三人が揃って、こちらを覗き込んでいる。
「レオン!」
「よかった……!」
「坊ちゃん……本当に……!」
声が重なる。
いつもより近い。
息がかかるほどの距離だ。
レオンは一瞬、状況が理解できずに目を瞬かせた。
――ああ。
ゆっくりと、記憶が戻ってくる。
噴水。
詠唱。
一瞬の違和感。
そして――轟音。
「……ぼく……」
声がかすれる。
母の手が、そっと額に触れた。
少し冷たい。
けれど、安心する温度だった。
「無理に話さなくていいのよ」
父は腕を組んだまま、じっとレオンを見ている。
その表情は厳しい。
だが、どこか張り詰めていた。
「……何をした」
短い問い。
責める響きではない。
確認する声だった。
レオンは少しだけ視線を逸らす。
「……ちょっと……ためしただけ……」
マルタが大きく息を吐いた。
「"ちょっと"で、あんなことになりますか!」
珍しく強い口調だった。
「あんな……?」
父が低く言った。
「噴水は吹き飛んだ。周囲の石も割れている」
――吹き飛んだ。
思っていたより、ずっと大きい。
レオンは黙り込んだ。
胸の奥に、重いものが落ちる。
やりすぎた。
そう理解する。
「……ごめんなさい」
自然と、言葉が出た。
母が少し驚いたように目を見開き、それから微笑んだ。
マルタはほっとしたように肩の力を抜く。
父はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……無事なら、それでいい」
それだけだった。
だが、その一言で十分だった。
レオンは目を閉じた。
――次は、ちゃんとやる。
ぼんやりとした頭の奥で、そう思った。
【シーン②:再現と検証】
夕方。
部屋は静かだった。
昼間の騒ぎが嘘のように、何もかもが落ち着いている。
レオンはベッドの上で、目を閉じた。
――思い出せ。
赤い文字。
全部は無理だ。
でも、断片は残っている。
出力。
足りなくなる何か。
そして――
「……何が起きたんだ?」
≪出力が許容量を超過しました≫
「……なんで?」
≪適切なパラメータが構成されていませんでした≫
――構成。
「……構成って、なんだ?」
≪複数の可変要素の組み合わせです≫
組み合わせ。
レオンはゆっくり息を吐く。
詠唱の一部を変えた。
それが出力に繋がった。
値だ。
言葉じゃない。
だから変わる。
だから、制御を誤れば壊れる。
「……魔力って……自分で調整するんだよね?」
≪原則的にはそうです。今回のように条件を明示した場合は、詠唱が優先されます≫
――詠唱が優先する。
「……じゃあ……術者は?」
≪詠唱で指定された魔力量を用意します。用意できない場合、限界まで魔力を引き出されます≫
息が止まった。
常に自分で調整していると思っていた。
違った。
詠唱が先に量を決めて、身体はそれに従うだけだ。
足りなければ、限界まで持って行かれる。
「……今回は?」
≪上限が設定されていませんでした。結果として無制限とされた最大値に対して、魔力が不足した状態になりました≫
――すべてを一度に吐き出した。
そういうことか。
「……上限を設定すれば?」
≪上限で止まるようになります≫
「……超えたら?」
≪上限で止まります≫
なるほど。
上限があれば、詠唱が引き出せる量に天井ができる。
今回はその天井がなかった。
だから限界を超えて魔力が引き出された。
「……少しずつ上げるなら、上限なしでも大丈夫?」
≪段階的であれば、上限設定は必須ではありません≫
頭の中で、繋がる。
やり方がある。
ルールがある。
術者が調整するのではなく、詠唱の中に設定する。
急ぎすぎると、身体が追いつかない。
それだけのことだった。
――いや、待て。
詠唱の中に、設定する。
魔力量だけじゃない。
色も、大きさも、出力も、全部詠唱の中に指定していた。
ならば。
「……詠唱で……他にも設定できる?」
≪はい。詠唱は複数の条件を同時に指定できます≫
複数の条件。
レオンは息を吐いた。
これまで、一つずつ変えることしか考えていなかった。
色を変える。
大きさを変える。
出力を変える。
でも、組み合わせられる。
同時に指定できる。
――どこまで?
「……条件の数に、限界はある?」
≪詠唱の構造が許す範囲内であれば、複数の条件を指定できます≫
詠唱の構造が許す範囲。
その範囲がどこまでなのか、まだわからない。
だが、今よりずっと複雑なことができるはずだ。
試したいことが、一気に増えた。
レオンは手を持ち上げる。
「……ライト……」
淡い光が浮かぶ。
条件を付与しない。
感覚で調整する。
光がわずかに強くなる。
――条件付与。
止まる。
脳裏に、あの光景がよぎった。
轟音。吹き飛んだ噴水。途切れる意識。
指先に、わずかに力が入る。
――マクシメル。あのとき使った言葉。一気に引き上げる、あの感覚。
やれば、たぶんできる。だが。
レオンはゆっくりと息を吐いた。
「……今日は、やめておこう」
小さく呟く。
光はそのまま、静かに揺れている。
無理に試す必要はない。
やり方は、もう見えている。
なら。
――順番にやればいい。
レオンは手を下ろした。
「……だいたい、わかった」
光が、静かに消えた。
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