第59話 コルデリア
【シーン①:街】
雑多な町だった。
石畳は擦り減り、継ぎ足された跡が不規則に残っている。
建物は低く古く、無理に増築された継ぎ目が目立つ。
通りは曲がり、視界は途切れ、流れは淀む。
ラインバッハほどの整然さはない。
声は多く、荷は動き、金も回っている。
ただし、その流れは滑らかではない。
どこかで引っかかり、どこかに溜まり、別の方向へ押し出されている。
ビーストマンが多い。
犬の耳を持つ者、長い耳を揺らす者、前進を鱗に覆われた者。
ヒト族と獣の狭間の種族。
ヒト族から見て姿は異形だ。
しかし、やることは変わらない。
荷を運ぶ者、運ばされる者。
使う者、使われる者。
働いているか、余っているか。
ただ、偏りが目についた。
後者にビーストマンが多い。
荷を担いでいたビーストマンが、足をもつらせて崩れた。
箱が落ち、乾いた音が鳴る。
監督役の男が舌打ちし、躊躇なく蹴る。体が転がる。
誰も止めない。
周囲は視線を逸らし、流れを維持することだけを選ぶ。
ガウィンが一歩出る。
ヘレナが止める。
「やめときな」
冷たい声だった。
ガウィンは止まる。
目線だけを残す。
レオンは状況を観測する。
排除ではなく、消耗させる構造だった。
流れの維持が優先され、個体は交換可能な資源として扱われている。
ヘレナは歩く。
迷いがない。
「あっちがゼムストの店だ」
顎で示す。
歩幅も、速度も、周囲の流れに合わせて微妙に調整されている。
曲がり角の選び方に無駄がない。
レオンはそれを観測する。
この街を知っている者の動きだった。
その直後、影が滑り込んだ。
一瞬。
触れた気配だけが残る。
ガウィンが腰に手をやる。
「……あ?」
空だった。
数歩先、細い背中が流れを抜けていく。
軽い。
速い。
足の置き方が静かで、群衆の間を縫う角度が正確だった。
「おい」
ガウィンが追う。
躊躇はない。
影は路地へ入る。
人の密度が急に変わる。
喧騒が引き、湿った空気がまとわりつく。
ヘレナも遅れず入る。
レオンとヴェリスは一歩遅れて続く。
路地は狭い。
曲がる。視界が切れる。
頭上には布が張られ、光を鈍らせている。
足元には水が溜まり、踏むたびに鈍い音が返る。
壁面は近く、逃げ場は限られているように見えるが、実際には分岐が多い。
だが、その分岐は均等ではない。
選びやすい角度と、選びにくい角度がある。
人はいる。
だが、質が違う。
ビーストマンばかりだ。
視線が集まる。
干渉はない。
ただ見ている。
だが、その「見ている」は受動ではない。
進路を測るような、選別するような視線だった。
影は曲がる。
ためらいがない。
選択が速い。
逃走に伴う迷いがない。
方向選択の速度が速すぎる。
この路地を前提にした動き。
地図ではなく、身体で記憶している。
さらに進む。
排除された側が作った空間。
侵入者には不利で、内部の者には有利に見える。
進路が絞られていく。
分岐はあるが、選ばされている感覚がある。
影の動きは滑らかで、誘導に近い。
ガウィンは笑っていた。
呼吸は乱れていない。
追跡を楽しんでいる。
ヘレナはそれを横目で確認し、横に逸れた。
曲がり角に消える。
「捕まえた」
ヘレナが壁に寄り、腕を取っている。
子供だった。
痩せている。
犬の耳が揺れ、尾が落ち着かない。
ガウィンが追いつく。
「速ぇな……」
感心が混じる。
ヘレナは子供を見下ろした。
「あんた、ザッハのところの子だろ?」
子供の目が変わる。
警戒の質が変わる。身構える。
「やめときな」
鋭い声。
「ザッハに伝えな。
怖いおねぇさんが帰ってきたって」
子供が恐る恐るヘレナを見る。
測る。
理解する。
手が離れる。
走る。
迷いはない。
来た道とは別の細い路地へ消える。
選択も、消え方も速い。
財布はヘレナがいつの間にか奪い返していた。
「知り合いか?」
「違う」
「でも、無関係でもない」
それだけ。
ガウィンが軽く笑う。
ヘレナは応えない。
視線だけが少し遠くを見る。
少しだけ間を置いて、言う。
「あたし、この街の出身なんだ」
それ以上、説明はいらなかった。
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