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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
冒険者編
63/111

第57話 結成

【シーン①:ダンジョン最下層】

 最下層へ至る通路は、ここまでの階層とは明確に空気が違っていた。

 

 湿度が低く、熱がこもっている。

 石壁の表面は煤けたように黒く変色し、ところどころに焼け跡が残っていた。

 

 ベルゲンは足を止め、壁面に触れる。

 指先で撫で、わずかな凹凸と焦げの深さを確かめると、床へ目を落とした。

 足跡の重なり、引きずられた痕、血痕の乾き具合を順に追っていく。

 

「新しいな。

 半刻も経ってねぇ」

 低い声だった。

 

 ここまでの進行で、無駄な戦闘は一度もなかった。

 遭遇は回避され、罠は事前に見抜かれ、消耗は抑えられている。

 斥候としての精度が、そのまま生存率に直結していた。

 

 

 レオンは整理する。

 負傷は軽微。

 魔力消費も許容範囲内。

 

 全員が戦闘可能な状態で最下層に到達している。

 

――予定通り過ぎる。


 通常であれば、ここに至るまでに一度は崩れる。

 このパーティは崩れていない。

 ベルゲンの判断と、索敵精度の高さが、それを成立させている。

 

 

 最奥の間。重い扉の前に立つ。

 内側から、衝撃音が響いた。

 低く、鈍い振動が空気を震わせる。

 

「……やってるな」

 ボーフムが盾を握り直す。

 ベルゲンはすぐには動かなかった。

 

 扉の隙間に身を寄せ、わずかに開ける。

 レオンも位置をずらし、同じ隙間から内部を確認する。

 広い空間の中央で、戦闘が行われていた。

 

 三つの頭を持つ巨体。

 見上げるほどの高さ。

 黒い体毛の隙間から、炎が滲むように漏れている。

 

 口を開くたびに、喉の奥で赤い光が揺れた。

 

 ケルベロス。

 

 その周囲で、数人の冒険者が散開している。

 

 動きは悪くない。

 連携も成立している。

 とはいえ、消耗が激しい。

 呼吸が荒く、足取りが重い。

 

 前衛の一人が踏み込む。

 斬撃が通る。

 しかし浅い。

 

 直後、横から振り払われ、壁に叩きつけられた。

 動かなくなった。

 陣形が崩れる。

 

 

「……今じゃねぇ」

 ベルゲンが小さく呟く。

 

 判断は速かった。

「待つ。

 様子を見る」

 ボーフムが短くうなずく。

 アリシアも言葉はないが、杖を構えたまま動かない。

 

 レオンは向き直る。

 状況を切り分ける。

 敵は一体。

 動きは単純。

 だが出力が高い。

 炎の範囲が広い。

 正面突破は消耗が大きい。

 中のパーティーは四人。

 いや、五人か。

 

 奥に一人、動きの速い人影がいる。

 回避主体。

 短剣。

 赤髪。

 女性。


 彼女は一歩も止まらない。

 攻撃をいなし、隙を突き、位置を変え続けている。

 だが、周囲がついていけていない。

 

 前衛がもう一人崩れた。

 炎が走る。

 横一線に薙ぎ払うような熱波。

 回避が遅れた一人が、直撃を受ける。

 声が途切れた。

 

――間に合わない。


 レオンの腰が上がる。

「入る」

 ベルゲンが振り返る。

「待て」

「崩れる」

「まだ危ない」


 断定だった。

 その一瞬で、もう一人が倒れた。

 残るは赤髪の女性と、もう一人。

 その一人も、足を引きずっている。

 

 レオンは扉に手をかけた。

「今なら間に合う」

「打合せがねぇ。巻き込まれるぞ」

「崩壊する」

 言い切る。

 

 ベルゲンの目が険しくなる。

 次の言葉はなかった。

 

 

 レオンは扉を開けた。

 熱気が一気に通路に流れ出る。

「出すぎるなよ」

 レオンの言葉を受けて、ガウィンが一瞬だけ笑う。

「任せろ」

 最奥の間に飛び込んだ。

 

 

 レオンは状況を見切る。

 位置。

 距離。

 タイミング。

 

「ガウィン、右。

 次の噛みつきの後だ。首が下がる」

 即座に応答が返る。

 動きが変わる。

 

 遅れてボーフムも入室してきた。アリシアも。

 レオンは目の端に捉えて即座に指示を出す。。


「ボーフム、三歩前。

 受けてから左に流せ。正面は取るな」

 盾が軌道を変える。

 

「アリシアは待機。

 回復は温存。炎の直後に集中」

 場の流れが止まる。

 戦闘が、噛み合う。

 

 赤髪女性の動きが一瞬だけ止まる。

 次の瞬間、理解したように動きが変わる。

 

 

 その場の全員がレオンの指示に乗る。

 

 ケルベロスが吠える。

 三つの口が同時に開く。

 炎が収束する。

 来る。

 

「散開」


 全員が動く。

 ブレスが走る。

 床が焼け、石が弾ける。

 回避は間に合った。

 その隙。

 

 レオンがヴェリスに視線を送る。

「いけるか」

「可能」

 短い返答。

 

 レオンとヴェリスが手を重ねる。

 魔力の流れが重なる。

 詠唱が紡がれる。

 魔法が構築される。

 

「グラキランス」


 氷が集束する。

 空気が軋む。

 巨大な氷柱が、床下から突き上がり、下から貫く。

 一つの頭が、顎から串刺しにされた。

 絶叫が響く。

 

 動きが止まる。

「今だ」

 ガウィンが踏み込む。

 赤髪女性も同時に動く。

 

 二人の軌道が交差する。

 残る二つの首に、同時に刃が届く。

 深く、確実に。

 

 血が噴き出す。

 黒い体毛の間から流れたそれは、地面に触れた瞬間、煙を上げた。

 毒。

 距離を取る。

 

 ケルベロスが揺れる。

 巨体が、ゆっくりと崩れた。

 沈黙が落ちる。

 息の音だけが残る。

 

 

 赤髪の女性は、その場に立っていた。

 

 他は、動かない。

 全滅だった。

 

 

【シーン②:帰還の間】

 転移の光が収まると、薄暗い石室に静けさが戻った。

 最下層に設けられた帰還の間は、外界の喧騒とは切り離された場所であり、足音と呼吸だけがやけに大きく響く。

 

 誰もすぐには口を開かなかった。

 戦闘の余熱が、まだ体に残っている。

 レオンは壁に背を預け、目を閉じる。

 

 

 損耗を整理する。

 致命傷なし。軽傷のみ。魔力も残っている。

 ここまでの進行も含めて、損耗は最小限に抑えられている。

 

――ベルゲンの判断は正しい。


 それは否定できない。

 同じ階層で、もう一つのパーティーは壊滅した。

 こちらは、生きている。

 その差は明確だった。

 

「……勝ったな」

 ボーフムが低く言う。

 誰も応じない。

 

 ベルゲンがレオンを見る。

「勝っただけだ」

 静かな声だった。

「結果としてな」


 続ける。

「統制を乱した。

 勝手な判断で動いた。

 再現性がねぇ」

 

 レオンは顔を上げる。

「待てば全滅していた」

「そうとは限らねぇ」

「崩れていた」

 言い切る。

「見ていたはずだ。

 前線は限界だった」

「だからって突っ込むか?あの状況で」


 ベルゲンの声は変わらない。

「共倒れになる可能性の方が高い」

「最適な手があるなら、使うべきだ」

「最適?違うな」

 ベルゲンは一歩踏み出す。

 

「結果的に当たっただけだ。

 外せば終わりだ」

 

 間があった。

 

「外さない前提で組んだ」

「だから危ねぇって言ってんだ」

 短く吐き捨てる。

 

「全員が同じ理解で動けるならな。

 だが現実は違う」

 沈黙が落ちる。

 

 アリシアが目を伏せる。

「……ごめんなさい。指示についていけなくて」


 ボーフムも続く。

「俺もだ。

 合わせたが、あれは偶然だ」

 

 ガウィンだけが違った。

「でもよ」

 壁にもたれたまま笑う。

「さっきの方が、戦いやすかった」



 ベルゲンがレオンを見る。

「次はない」

 はっきりと言う。

 

「俺の指示に従えねぇなら、連れて行けねぇ」


 レオンはうなずいた。

「理解している」


 レオンはひとつ、大きく息を吸った。

 

 

「だから、ここで抜ける」

 空気が止まる。

 

 ガウィンがすぐに動いた。

「俺も行く」

 迷いはない。

 

 ベルゲンは何も言わない。

 ただ一度だけ目を閉じ、開く。

「好きにしろ」

 それだけだった。

 

 

 背を向ける。

 アリシアも、ボーフムも動かない。

 残る選択をした。

 

 レオンは出口へ向かう。

 

「――待って」

 背後から声がした。

 振り返る。

 赤髪の女性が立っていた。

 血に濡れたまま、壁に寄りかかっている。

 

「話がしたい。あと、礼も」

 軽い口調だった。

「どのみち、新しいパーティー探さなきゃだし」


 レオンは一瞬だけ沈黙する。

 そして、うなずいた。

 

 

 三人になる。

 いや、ヴェリスもいる。

 成立する。

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