第56話 不協和音
【シーン①:酒場】
酒場は騒がしかった。
夕刻を過ぎ、仕事を終えた労働者たちが流れ込む。
木製の卓はほとんど埋まり、酒と汗の匂いが混ざって空気に沈んでいる。
その一角で、ガウィンは一人で飲んでいた。
レオンは注文をせず、対面に座った。
「遅ぇよ」
ジョッキを傾けたまま、ガウィンは顔だけ向けた。
「用件は何だ」
「飲みに付き合えって言ってんだろ」
「断ったはずだ」
「だから呼んだんだよ」
噛み合わないやり取りのまま、ガウィンは酒をあおった。
「つまんねぇんだよ」
吐き捨てるように言う。
「何がだ」
「全部だ。あのやり方も、あのペースも」
ジョッキを置く音が強く響く。
「出てきたやつを順番に潰して終わり。
あんなの戦ってるうちに入んねぇ。
まとめて片付けりゃいいのによ。
安全に、確実に、だとよ」
「安全性は必要だ」
そういいつつ、レオンは区切った。
「ただ、非効率であることは認める。
巣を残せば再発する。
依頼の回転は上がるが、根本の解決にはならない」
ガウィンの目が細くなる。
「そういう話じゃねぇんだよ。
俺は戦いてぇって言ってんだ」
「俺は結果を取りに行く。
お前は過程に価値を置いている」
ガウィンはわずかに笑った。
「……つまりよ」
背もたれに体を預ける。
「お前も不満なんだろ」
レオンは答えない。
「目を見りゃわかる。
あのやり方で満足してる顔じゃねぇ」
――否定はできない。
「でも動かねぇ。
頭で納得してるからか、それともびびってるか」
レオンは即答を避けた。
「必要な準備が整っていない」
「ほらな」
即答だった。
「そうやって止まってる間に、全部持ってかれる」
ガウィンは空になったジョッキを置き、立ち上がる。
「もういい。帰る」
振り返りもせず、人混みに消えていく。
レオンはその背を見送ったまま動かなかった。
――理由が違う。
――理解はできる。
それだけだった。
【シーン②:通り】
夕暮れの商都は、昼とは別の顔を見せていた。
橙に染まる空の下、店じまいを始める者と夜に向けて灯りを準備する者が交錯する。
通りには一日の終わりのざわめきが残っていた。
レオンはヴェリスと並んで歩いていた。
買い出しの帰りだった。
大きな幌馬車が、軋む音を立てながら通りを横切る。
物流の中心であるこの街では、珍しくはない。
ただ、すれ違う瞬間。
布の隙間から、内側が見えた。
人影。
複数。
その中の一人と、目が合う。
少女だった。
年の頃は、十代半ばほど。
視線が動かない。
死んだ目。
耳が、不揃いだった。
片方は長い。
もう片方は、途中で途切れている。
切断。
馬車はそのまま通り過ぎる。
何事もなかったように、人の流れが埋めていく。
「……奴隷か」
小さく呟く。
制度は知っている。
表に出ないだけで、存在していることも。
だが。
あれは。
エルフ。
長命種。
高魔力。
価値がある。
だから、売られる。
理屈は通る。
理解はできる。
納得はしない。
思考の端に、わずかな引っかかりが残る。
それはすぐに消えるようなものではなかった。
【シーン③:冒険者ギルド】
ギルドに入ると、視線と人の動きが受付の一点に集まっていた。
ベルゲンがカウンターの前に立ち、受付と向き合っている。
「だから言ってるだろ、うちじゃ無理だ」
低く押し返す声に、受付は一歩も引かない。
「今、動けるのはあんたのところだけだ」
「他を当たれ」
「当たったよ。全部断られた」
短いやり取りの中で、状況の重さは明確だった。
「ダンジョンだぞ。
森で遭難したのと訳が違う。
構造もわからねぇ、情報も足りねぇ。
そんなところに連れて行けるか」
「メンバー全員がシルバーに上がったじゃないか」
「あがったばっかりだ。あてにならねぇな」
ベルゲンは吐き捨てる。
「様子を見るだけでいい。
深追いはしない。異常があれば引き返す。
それでいいんだ」
受付の声は変わらない。
ベルゲンは答えなかった。
その間にレオンが口を開いた。
「偵察としてなら成立する」
二人の視線が向く。
「戦闘を目的とせず、未帰還者の捜索に専念する。
帰還の魔道具を前提にすれば、リスクは制御できる」
理屈を積み上げる。
「未帰還者を放置はできない。
情報を持ち帰るだけでも意味がある」
ベルゲンはじっと見ている。
「俺は指示に従う。
独断行動はしない。撤退判断も任せる」
受付がすぐに続けた。
「帰還の魔道具、今回は特別に安くする。
仮に使用しても、レンタル料だけでいい」
ベルゲンの視線が揺れる。
「それに、今回の件を収めたら、ギルド長に話を通す。
新人育成の実績として、教官枠の推薦も考える」
ベルゲンは深く息を吐き、しばらく黙り込む。
「……条件がある」
声が落ちる。
「無理はしない。
異常を感じたら即撤退。深入りは禁止。
俺の指示が絶対だ」
レオンは即座にうなずく。
「了承する」
短く、迷いはない。
ベルゲンは数秒だけ目を閉じた。
「……行くぞ」
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