第55話 安全な冒険
【シーン①:森】
数カ月が経った。
季節が一つ巡るには足りない。
それでも、繰り返しは積み上がっていた。
森の奥。
湿った土の匂いが濃い。
開けた場所の中央に、黒い穴が口を開けている。
ジャイアントアントの巣だ。
周囲には、燃やした木の実の煙が漂っていた。
刺激臭が強い。目の奥が痛む。
「いいか、突っ込むなよ」
ベルゲンが低く言う。
「出てきたところを叩く。それで十分だ」
ガウィンが小さく舌打ちする。
「中を潰したほうが早いだろ」
「早いな。死ぬのも」
ベルゲンは視線も動かさず返した。
「巣の中は数が読めねぇ。
囲まれたら終わりだ」
煙が巣穴の奥へと流れ込む。
ほどなくして、内部に動きが生じた。
最初の一体が、地面を掻きながら姿を現す。
続けて、二体、三体と這い出てきた。
「来るぞ」
ボーフムが前に出る。
盾を構え、足を踏み込む。
飛びかかってきた一体を正面から受け止め、鈍い音とともに弾き返す。
そこに、ガウィンの剣が滑り込んだ。
無駄のない一閃で、首元が断ち切られる。
次の一体。
同じ流れ。
弾き、斬る。
単調な繰り返し。
巣からは次々と個体が現れるが、前線の二人が確実に処理していくため、戦線が押し込まれる気配はない。
レオンは後方に立っていた。
剣に手をかけたまま、動かない。
前に出る余地がない。
魔法を使う必要もない。
機を見て前線に参加すれば、すぐに後方から、淡い光が降りる。
アリシアの回復魔法だった。
損耗は、ほぼない。
「あの、大丈夫?今、少し――」
「問題ない」
レオンは短く返した。
アリシアはそれ以上踏み込まなかった。
前では同じ流れが続く。
弾き、斬る。
やがて、巣の奥から新たな個体が現れなくなった。
「……打ち止めか」
ボーフムが息を吐く。
ガウィンが剣を払う。血が地面に散った。
レオンが口を開く。
「奥に女王がいるはずだ。ここで断てば、再発はない」
ベルゲンがゆっくりと振り返る。
わずかに眉を寄せた。
「行かねぇよ」
短く断じる。
「根こそぎやっちまったら、次が来ねぇ。依頼はあくまで駆除だ、殲滅じゃねぇ」
淡々と続ける。
「適度に間引く。それでいい」
レオンは巣穴を見る。
奥は暗く、何も見えない。
だが、確実に残っている。
「……非効率だ」
口に出ていた。
ベルゲンは肩をすくめる。
「効率だけで食ってけるなら、誰も苦労しねぇよ」
それ以上は言わなかった。
ベルゲンが地面に転がる死骸から顎を剥ぎ取り、証跡として袋に詰め始める。
ボーフムもアリシアも、それに倣う。
「帰るぞ」
それで終わりだった。
【シーン②:帰路】
森を抜けた先で、短い休憩を取ることになった。
ヴェリスが設営に入る。
布を広げ、器具を並べ、無駄のない手順で整えていく。
アリシアが近づいた。
「あの、手伝うよ」
返事はない。
作業は止まらない。
「そこ、こうしたほうが――」
手を伸ばす。
その前に、ヴェリスが一歩ずれる。
動線が外れる。
何も言わず、次の工程に移る。
手が宙に残る。
「……ごめん」
アリシアが引いた。
レオンは一部始終を見ていた。
「手出しはいらない」
短く言う。
アリシアが顔を上げる。
「そいつは、必要なことしかしない。干渉はいらない」
アリシアは何か言いかけて、言葉を飲み込む。
小さく頷き、その場を離れた。
設営はすでに終わっている。
過不足はない。
休憩を終え、再び歩き出す。
今回の依頼も問題なく達成される。
危険は抑えられ、損耗もない。
教科書通りの仕事だった。
この数カ月、同じような依頼を繰り返している。
討伐も護衛も採取も、方針は変わらない。
安全圏。
無理をしない。
確実に稼ぐ。
確実に生き残る。
その方針は、一切ぶれていない。
結果として、失敗はない。
死もない。
しかし、進みが遅い。
評価はされる。ランクは上がっている。
ただ、想定より遅い。
ダンジョンに届かない。
計算が、ずれている。
サブタンクによる城塞都市の結界保持期間は約一年。
つまり、サブタンクの補充のために一年に一度、故郷に戻る必要がある。
ヴェリス自体の魔力も、無限ではない。
数年。
それまでに、魔石を確保できなければ終わる。
今の進捗では、間に合わない。
単独では成立しないことは、理解している。
資金も、依頼も、情報も、今はこのパーティに依存している。
それでも、足りない。
前を行くベルゲンの背を見る。
合理的で、無駄がない。
そして、変わらない。
ボーフムは黙って従い、アリシアは距離を保ち、ガウィンは後ろで空を見ている。
一瞬だけ、ガウィンと視線が交わる。
何かが通じた。
すぐに逸れる。
歩く。
同じ道を。
積み上げる。
正しい判断だ。
理解している。
しかし――これでは届かない。
最後までお読みいただきありがとうございます!
もし「面白い!」「続きが気になる」と思ってくださったら、
★や感想で応援していただけると、執筆の励みになります!




