第54話 新人
【シーン①:冒険者ギルド】
――起点を確認する。
嚙み合った連携も、迷いのない判断も。
すべては、ここから始まった。
商都ラインバッハ。
王国内でも有数の流通拠点として知られるこの都市は、往来が絶えない。
荷を積んだ馬車、呼び込みの声、雑多な人波。
通りに出るだけで、匂いと人と音が、混在する。
その中心に、ひときわ大きな建物がある。
石造り。三階建て。
正面の扉は常に開いており、人の出入りが途切れない。
入口の上には、剣と盾を象った紋章。
冒険者ギルド。
ラインバッハのそれは、登録者数も依頼の数も、ヴァルデンライヒ王国内で最大と呼ばれている。
レオンは足を止め、建物全体を見た。
王都の施設と比較しても、明らかに上回る。
中に入ると、想定よりも広かった。
正面に長い受付カウンター。
右手奥には依頼の掲示板。
左手には、酒場のような区画。
昼前にもかかわらず、すでに数人が杯を傾けていた。
天井は高く、声が反響する。
石の床に、靴底が鳴る。
すぐに、視線を感じる。
複数。方向が違う。
原因は判る。
ヴェリスだ。
フードを深く被ってはいるが、隣を歩く姿は目を引く。
背丈、動き、所作。どれも、ひとの自然な揺らぎとは少しずれている。
レオンは歩みを止めず、受付へ向かった。
「登録かい?」
カウンターの女が顔を上げた。
二十代半ばほど。愛想はない。
目が、レオンからヴェリスへ、すぐに戻る。
「ああ」
「二人?」
「いや、ひとりだ。これは従者だ」
ヴェリスを示す。
受付の目が細くなる。
「……従者の登録は?」
「しない」
間があった。
「損するのはあんただよ。従者に依頼の報酬は出ない」
「わかってる」
書類が差し出された。
手続きを進める。
名前、出身、使用武器、専門。
最後に、簡易魔力量の測定。
水晶球に手をあてる。
淡く、ごく薄く、光が滲んだ。
受付が数値を読んだ。
「……少ないね」
はっきりと言い切った。感想ではなく、事実として。
「魔法職は厳しい。剣も持つなら、魔法剣士ってところか」
登録種別が記録される。
数値は正しい。魔力量が平均を下回っていることは、把握していた。
「ダンジョンに潜りたい」
書類が処理されるのを待ちながら、切り出す。
受付が顔を上げた。
ひと呼吸おいて笑った。声には出さず、口元だけで。
「無理だよ」
即答だった。
「ランク。経験。魔力量。三つとも足りない」
指を折る。
「三つ揃いは珍しいね。新記録かもしれない」
皮肉ではなく、ただの観察のような口調だった。
「新人一人で受けられる依頼は、まずない。最初はどうやっても雑用だ」
雑用。
想定の範囲内だった。
ただし、最短でない。
「ランクを上げる、最短の方法は何だ」
受付の目が、わずかに動く。
「……パーティーに入ることだね」
声が少し落ちた。
「大抵のところは、素性のわからない新人は取らない。
回せるところはあるが、選り好みはできないよ」
「紹介してほしい」
間を置かず返した。
受付が鼻を鳴らす。
「度胸だけはあるようだ」
顎で、奥を示した。
「あの卓に行きな。
あんたみたいなのでも、断らないところがある。ありがたいだろ」
示された方向を見る。
奥のテーブル。四人。
受付が声をかけた。
「ベルゲン」
男が気付いて手を上げる。
「"琥珀の円卓"って名だ。行きな」
受付は手を振った。
「おう、新人か」
立ち上がりもせず、迎え入れる。
中年の男。日焼けした肌。弓を背負っている。
体格は普通だが、動作に無駄がない。
「ベルゲンだ。斥候をやってる。このパーティのリーダーでもある」
隣の大男が、のっそりと手を上げた。
「ボーフム。前に立つ役だ」
体躯は群を抜いている。表情は穏やかで、どこか間延びしている。
その隣。
「……アリシアです」
小柄な女が、椅子から立ち上がろうとする。白い法衣。教会系の回復職だ。
「あの、もしよければ荷物――」
「結構だ」
レオンは短く遮った。
アリシアが、中途半端な姿勢で止まる。
最後。テーブルの端。
青髪の男が、椅子の背にもたれたまま顔だけ向けた。
「ガウィン」
それだけだった。
名前だけ。
それだけ言って、天井を見上げた。
「レオンだ」
一通り確認してから、隣を示した。
「従者だ。喋れない」
ヴェリスは動かない。表情もない。
沈黙が短くあった。
ベルゲンが、口を開く。
「深い詮索はしねぇ。それが冒険者ってもんだ」
軽く笑う。
場数を踏んだ受け入れ方だった。
「で、何がしたい?」
「ダンジョンに潜る」
間が生まれた。
ボーフムが瞬きをする。アリシアが小さく息を呑む。
ベルゲンが、ため息をついた。
「早ぇよ」
断言だった。
「準備が足りない。経験もない。ランクもない。三つとも揃ってない」
ベルゲンはゆっくりと立ち上がり、掲示板から一枚の依頼書を引き抜いた。
テーブルに置く。
「ゴブリン討伐。まずここからだ」
指で紙を叩く。
「ダンジョンはハイリスクハイリターンだ。
準備もなしに潜って死んだ奴を、何人見てきたと思ってる。
段階を踏め。話はそれからだ」
レオンは依頼書を手に取る。
内容を確認する。
発生場所。推定数。報酬。危険度。
問題はない。
通過点として、成立する。
「わかった」
短く答えた。
テーブルの端で、ガウィンが小さく呟いた。
「……つまんねぇな」
声は小さい。誰かに向けたわけでもない。
ただ、確かに届いた。
ベルゲンは聞こえないふりをした。
アリシアは困ったように俯く。
ボーフムは気づいていない。
レオンは依頼書から目を上げず、何も言わなかった。
ガウィンはまた天井を見上げた。
つまらなさそうに。
それだけだった。
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