第53話 ダンジョンボス
【シーン①:最奥の間】
扉の向こうは、広い空間だった。
吸われるような静けさだけがあった。
天井は見えない。
視線を上げても、ただ暗がりが続くだけだ。
周囲には、等間隔で太い支柱が並んでいる。
高く、太く、天井を支えているはずのそれは、途中で闇に溶けていた。
床面から、青白い光がにじむように立ち上っている。
魔力の燐光。
光源は見えないが、視界は十分に確保されていた。
静かすぎる。
空間そのものが、息を潜めているようだった。
中央。
それは、そこにいた。
六本の腕を持つ人型。
全身を閉じるように、わずかに前傾し、動かずにたたずんでいる。
扉の外からでも、その大きさは明確だった。
ミノタウロスより一回り大きい。
ガウィンより、頭三つは高い。
六本の腕すべてに、同じ形状の曲刀が握られている。
刃は細く、反りは浅い。
無駄のない、殺傷に特化した形。
――異様さは、そこではない。
均整が取れている。
過不足がない。
六本の腕という異形であるにもかかわらず、全体としては完成された人型に見えた。
静止している。
ただ、それだけ。
待っているようにも、見えた。
「シールド・トリガー」
「コルツ・アップ」
「ゾリド」
レオンの魔法で、ガウィンの体も武器も、薄い光で包まれた。
強化魔法の重ね掛けだ。
ガウィンが飛び込んだ。
ゴーレムが、異物の侵入に合わせて起動を開始する。
だが、起動しきる前にガウィンが迫る。
常軌を逸した速度を乗せた斬撃が、ゴーレムを揺るがす。
ゴーレムはすぐに体勢を立て直して、六腕を振るう。
六振りの剣が、ガウィンに間断のない攻撃を加える。
防戦一方となったガウィンは、大きく後退する。
そのタイミングで炎の槍が飛ぶ。
三本の炎槍が、振りかぶった一本の腕に集中すると、掌が砕けて剣が落ちた。
ガウィンが間髪入れず、足を薙ぎにゆく。
残った五本の剣が殺到する。
しかし。
そこにガウィンはいない。
フェイント。
空を切る腕の一本に狙いを変えて、切り落としにゆく。
金属同士がぶつかる鈍い音がする。
「浅いか」
切断するには至らない。
ゴーレムの刃が上下から迫る。
自ら身体を大地に投げ出し、転がって躱す。
その背を追うように、ゴーレムが切りつける。
発動条件を満たした不可視の盾が、ガウィンを護った。
さらに追撃を狙うゴーレム。
その頭部を狙って、ナイフが飛ぶ。
切っ先は、正確にゴーレムの目に向かっている。
ゴーレムがわずかに身を引いた隙に、ガウィンが距離を取る。
間が生まれた。
ゴーレムを視界に入れながら、ゆっくりとガウィンは体勢を立て直す。
再び柱の陰に消えるヘレナ。
離れたところにレオン。
その片手を握るヴェリス。
ゴーレムを中心に、いびつな四角形が形成されていた。
間を切ったのは、投げナイフだった。
立て続けに、二本が飛ぶ。
ゴーレムが一本を叩き落す。
一本は逸れたかに見えた。
「ヴェント」
ヘレナの強い声で詠唱が響く。
ナイフの起動が変わった。
至近で変えられた軌道に、対応できるはずもなく、顔面で受けるゴーレム。
想定外の軌道に、動きが一瞬止まる。
ガウィンは見逃さない。
踏み込み、嵐のような連撃を繰り出す。
五本の剣が防御に回る。
ゴーレムが、後退を余儀なくされる。
動きに乱れが生じる。
苦し紛れのような、大振り。
搔い潜りながら、ガウィンの強烈な一撃がゴーレムの足をとらえる。
激しい音がした。
と。
ガウィンの動きが一瞬止まる。
剣が、抜けない。
振り払うようなゴーレムの一撃。
躱しきれない。
刹那、踏み込んで芯をずらす。
それが限界だった。
高く、ガウィンの体が舞った。
「ガウィン!」
ヘレナが叫ぶ。
ガウィンを追おうとしたゴーレムが、膝をつく。
片足にはガウィンの剣が刺さったままだ。
――今。
レオンの詠唱が完了した。
「コレクテンス・グラキアーレ」
ゴーレムの頭上。
いつの間にか巨大な氷塊が生成されていた。
圧倒的な質量が、機動力を削がれたゴーレムを押しつぶす。
半壊してもなお、ゴーレムは手足を動かす。
氷塊から這い出ようとしている。
迅雷が奔った。
ゴーレムの頭部を、光の剣が貫通。
ガウィンだった。
痙攣するように、不規則に動いたゴーレムは、ほどなくして停止した。
「ふぅ、おつかれ」
ガウィンは、頭部から左目に滴る血を拭いながら、レオンに向いた。
レオンはヴェリスに支えられながら歩いてきた。
出力供給のほとんどをヴェリスに任せたとはいえ、氷塊の制御で魔力を使い果たしていた。
「ひやひやしたわよ」
ヘレナも影から姿を現す。
目をやると、すでにゴーレムの姿はなく、それがあったであろう場所には一握りの魔石が落ちていた。
ヴェリスが拾い上げる。
「分析、スル」
レオンがうなづく直前に、地面が揺れた。
「はやいな」
座り込んでいたガウィンが立ち上がる。
「急がないと、ダンジョンの崩壊に巻き込まれる」
ヘレナが鞄から魔道具を取り出す。
帰還の魔道具。
全員が魔道具に手を触れた。
「エグレス」
魔道具から光が溢れ、四人を包み込んだ。
光が収まるのと、天井が崩れ落ちるのが同時だった。
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