第52話 探索
【シーン①:下層】
石の部屋だった。
四角く切り出された空間に、左右二つの扉。中央に一つ、宝箱。
配置が整いすぎている。
レオンは足を止めた。
目を落とす。
石畳の継ぎ目。
擦れた痕跡。
足跡は残らない。
ヘレナに目配せする。
小さくうなづきが返った。
ゆっくりと、ヘレナが宝箱に近づく。
開錠の道具を床に並べる。
準備が整ったところで、レオンが詠唱を始める。
「シールド」
「コルツ・アップ・セルト」
ヘレナの眼前に不可視の防壁が張られ、身体の輪郭を淡い残光がなぞる。
爆発対策と、感覚強化。
慎重に。丹念に。
指先で蓋を押し、わずかに浮かせる。
遅延発動はない。
重さを確認。
側面に回って、蝶番の具合を確認する。
鍵穴を鏡で覗きながら、自在棒を差し入れる。
カチャリ。
小さな音が響いた。
開ける。
雑然とガラクタが詰まっていた。
武器。鎧。鞄。装飾品。貨幣。
「……寄せ集めか」
ガウィンが覗き込む。
拾い上げた剣は刃こぼれしている。
「使えねえな」
「当たり前だろ」
ヘレナが即座に返す。
「ここで死んだ奴の残りだ。まともなのは残らないさ」
「じゃあこれ、なんで残ってんだ?」
ガウィンが白金貨を指で弾く。軽い音が鳴る。
「魔力がないものだけが、残るのさ」
「カネの魔力ってのは、ないのかな」
ガウィンはコインをもてあそんでいる。
「その魔力は魔法には変換できないからな」
言葉にしてから、わずかに引っかかる。
――ダンジョンは魔力を集めている。
――なんのために。
ダンジョンは巨大な魔物だという説がある。
宝を餌に冒険者をおびき寄せ、殺して魔力を食うのだと。
生物も、魔道具も、魔力があるものを食って貯めこむとされる。
貯めこんだ魔力は、ダンジョンの運営とダンジョンボスの核となる。
それゆえ、魔物だと言われる。
「ここで張ろう」
「了解」
各々が動き出す。
ヘレナは宝箱から金目のものだけを拾い上げる。
武器防具には決して触れない。
理由は聞かない。
必要がない。
ヘレナは右の扉へ、レオンは左の扉へ向かう。
扉をわずかに開け、奥をうかがう。
暗い。動きはない。
「ピング」
探知魔法に反応はない。
ロープを取り出して、簡易な罠を張る。
魔道具を使えば便利なのだろうが、置けば即座にダンジョンに食われる。
魔力が不利に働く状況もある。
戻る。
部屋の中央では、すでに火が起きていた。
小さな炎。煙は少ない。
ヴェリスが膝をついている。
鍋が一つ。
水が温まっている。
無駄がない。
ガウィンは壁際に座り、目を閉じていた。
「寝るな」
ヘレナが蹴る。
「寝てねえ」
「嘘つけ」
「休んでただけだ」
「同じだろ」
短いやり取り。
声は小さい。
響かない範囲で抑えている。
ヴェリスが鞄から乾パンと粉末を取り出す。
粉末を湯に溶かしただけのスープを配る。
湯気がわずかに立つ。
レオンは受け取り、一口だけ飲む。
温度。塩分。
問題ない。
乾パンを砕き、沈める。
沈黙が続く。
食事は早い。
咀嚼音すら小さい。
「たぶん、この下だな」
ヘレナが言う。
地面を指で軽く叩く。
「ボスか」
ガウィンの口元がわずかに上がる。
「六腕のゴーレム、だっけか」
「記録上はな」
レオンが答える。
「攻撃手段は近接のみ。ただし――」
「信用すんな、だろ」
ガウィンが遮る。
「分かってるって」
軽口。
だが否定はしない。
レオンは視線だけを向ける。
「観測されていないだけの可能性がある。想定外を前提に動け」
「はいはい」
休憩は終わった。
ガウィンは肩を回しながら立ち上がる。
ヘレナはすでに立っていた。
ヴェリスは座ったまま、手早く片づけを始める。
火を消す。痕跡を潰す。鍋を片付ける。
数分後、部屋は元に戻っていた。
何もなかったかのように。
「行くぞ」
レオンが歩き出す。
階段を降りると、空気が変わった。
圧が増す。
流れが止まる。
前方に、大扉。
高さは人の背の三倍。幅もかなり大きい。
継ぎ目がない。一枚板。
人の手によるものではない。
一行の足が止まる。
「ここね」
「わかりやすいよな」
見上げる。
ヘレナはマップをしまう。
最後の間だ。
レオンは小さく頷く。
「確認する」
全員が寄る。
言葉は少ない。
配置。順序。役割。
すでに共有されている。
なぞるだけだ。
「開ける」
ヘレナが扉に手をかける。
止めない。
理由がない。
重い音が、ゆっくりと空間に広がった。
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