第51話 冒険者
【シーン①:中層】
石畳が続いている。
上層で感じていた薄い光は消え、視界は確保されているにもかかわらず、空間そのものが沈んでいた。
暗い、ではない。
沈んでいる。
空気も重い。
風が入る余地のない密閉空間に、空気が淀んでいる。
壁面の粗さ、足裏に伝わる硬さ、すべては同じはずなのに、認識だけがずれる。
魔力の滞留。
濃度が違う。
最下層に近づくにつれ、圧が増す。
それがダンジョンだ。
先頭を行くヘレナの足が止まった。
振り返りもせず、片手だけを上げる。
停止のサイン。
後方でガウィンが、のんびりした調子で口を開いた。
「なんか寒くなってきた気がしない?」
即座に、ヘレナの腕が鋭く動く。
口元へ指。
次いで、短く振る。
黙れのサイン。
ガウィンは肩をすくめ、言葉を切る。
音が消える。
足音も、衣擦れも、呼吸も、すべてが抑え込まれる。
数秒。
ヘレナの指が動く。
前方。
複数。
レオンは一歩だけ前に出る。
通路の奥へ意識を向け、詠唱に入る。
唸るような、ささやくような、ごく小さな声が紡がれる。
「ピング」
音が走る。
右曲。空間。
五体。大型。
距離。位置。
レオンからのハンドサインを受け取る。
次の瞬間、ヘレナの影が抜け、足音なく消えた。
その間に隊列を変更する。
最後尾にいたガウィンが前へ。
レオンを挟んで、最後尾は灯を携えたヴェリス。
言葉もなく、臨戦態勢が整う。
数秒後、ヘレナの微かな声が耳元で生成される。
『ミノタウロス。
五体』
状況を整理する。
「ヴォクス・ループ3」
策を共有。
四つの影は適切な距離に広がりながら、一つの動きとして、対象へ迫っていた。
レオンが片手を上げる。
もう片方の手は、ヴェリスの手を取っている。
再び、ささやくような詠唱が始まる。
ヴェリスから魔力を引き出し、制御する。
詠唱が終わると同時に、手が振り下ろされた。
「ブラスト」
前方、右に曲がった先で、爆発が起こった。
刹那。
吹き付ける爆風を切り裂いて、ガウィンは曲がり角に飛び込んだ。
金属音が弾ける。
レオンは角まで駆け、射線を通す。
燃えた匂いが鼻につく。
ガウィンはミノタウロスが振り下ろす斧を躱しながら、撫でるように剣を振る。
握られた斧ごと、腕が切り飛ばされた。
床にはすでに一体が倒れている。
別の一体が、角を振りかざしてガウィンに突っ込んでくる。
その足元。
踏み込む瞬間を狙って、ナイフが影の中から飛んだ。
掬われるようにミノタウロスが転がる。
間髪入れずに、ガウィンが剣を突き刺した。
「ガウィン、右、抑えろ」
片腕を飛ばされたミノタウロスが、鉄拳を振るう。
金属が硬いものを打った音。
巨体から繰り出された一撃を、ガウィンは剣で受け止める。
刃が止まる。
膂力で押し込まれる。
軸を逸らす。
受け流して懐に踏み込むと、ミノタウロスの胴を切り裂く。
「あと二つ」
ガウィンは短く息を吐く。
奥から迫る二体に視線を送る。
自分より頭二つは大きい魔物を前に、ガウィンはまだ笑っていた。
「グレイブ」
レオンの詠唱が響いた。
背後からの詠唱が届いた瞬間、ガウィンの体が沈む。
頭の上を、不可視の刃が横薙ぎに疾った。
斬撃が二体まとめて切り裂く。
一体の首が断たれた。
もう一体は肉で受け止める。
膝をつく。
その隙をガウィンは逃さない。
下から切り上げた剣先が、血しぶきで弧を描いた。
音を立てて、巨躯が崩れた。
静寂。
すべて想定通り。
逸脱はない。
問題はない。
最初に倒れたミノタウロスの体が、すでに朽ち始めていた。
影が崩れるように、消えてゆく。
――ダンジョンに吸収されている。
一行は、一瞥もせずに歩みを進める。
ダンジョンの圧は、より増してゆく。
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