第47話 結界
【シーン①:白神祭】
街は白に染まっていた。
家々の軒先から、広場の柱から、即席の布が幾重にも垂れ下がり、風に揺れている。
統一された規格ではない。
古いシーツや布切れを繋ぎ合わせたものも混ざっている。
それでも、遠目には一つの意匠として成立していた。
人の流れが、聖堂へ向かっている。
「レオン、こっち」
声に呼ばれ、視線を向ける。
クララが手を振っていた。
白の衣装に身を包み、額から後ろへ藍色の長い布を結んでいる。
付き従う子供たちも同じ衣装をしている。
歩くたびに、白と藍がゆるやかに揺れた。
「今日は逃げないでよ。人手、足りてないんだから」
「分かってる」
軽く笑って、クララは子供たちの方へ視線を戻す。
その横顔には、いつも通りの落ち着きがあった。
レオンはその様子を一瞥し、すぐに視線を外した。
クララは子供たちとレオンを促して、聖堂へと進む。
「今年は四年ぶりだっけ?」
「……ああ」
「ずっと学院だったもんね。懐かしい?」
「どうだろうな」
曖昧に返す。
記憶はある。
しかし、感情は薄い。
意識は、別の場所にあった。
結界。
この街全体を覆っているそれは、百年途切れたことがないとされている。
範囲は、居住区すべて。二千人規模。
必要な魔力量を組み立てる。
人一人分では足りない。
十でも届かない。
聖堂の前は人で埋まっていた。
入口には警備が立ち、内部への流れを制御している。
中に入る。
音が変わる。
外のざわめきが削られ、空気が整う。
白い石造りの空間が広がっていた。
壁も床も天井も、すべて同じ色で統一されている。
高いドーム天井が視線を引き上げ、差し込む光が壁面で反射し、空間全体を淡く満たしていた。
歌が始まる。
並んだ生徒たちの声が重なった瞬間、空間が変わった。
音が天井に受け止められ、増幅され、四方へ広がっていく。
その中に、クララがいる。
むかし、クララは先頭に立って歌っていた。
いまは、子供たちに向き合っている。
優しい笑みを浮かべながら指揮を執るクララを、レオンはしばらく見ていた。
視線を外す。
――結界。
聖堂の奥。
結界装置。
四年前に見た構造が、頭の中に浮かぶ。
表層の詠唱。制御。維持。
だが。
あれだけでは成立しない。
供給が見えない。
思考が止まる。
成立していない。
――ならば、見落としている。
歌に視線が集まっている。
警備の注意も、前方へ寄っている。
レオンは一歩、後ろに下がった。
柱の影へ。
呼吸を整える。
視線を巡らせる。
巡回の間隔。
死角の位置。
覚えている。
記憶の位置に到達する。
そして、止まる。
かつて通った横穴が、石で埋められていた。
継ぎ目は新しい。
対処されている。
レオンは視線を上げた。
別の経路。
正規の入口。
当然警備がいる。
「……ヴォクス」
遠くで小さな音が鳴る。
警備の一人が反応し、遅れてもう一人が動く。
視線が逸れる。
その隙に、逆側へ滑り込む。
足音を殺し、影を選ぶ。
さらに奥へ。
人の気配が消える。
段差を越え、下層へ。
四年前、侵入して怒られた場所。
あのときは、好奇心だった。
今は違う。
【シーン②:結界装置】
空気が外とは違っていた。
音がない。
外界と切り離されている。
奥へ進む。
結界装置。
石と金属で構成された基盤。
その表面に、びっしりと刻まれた詠唱。
見覚えがある。
むしろ、今のレオンにはあの頃よりも細部が鮮明に見えた。
維持。
制御。
干渉遮断。
詠唱が読める。構造がわかる。
レオンは視線を走らせる。
詠唱の流れ。
接続。
分岐。
維持構造としては成立している。
だが――
供給がない。
魔石が見当たらない。
接続もない。
この規模を維持する出力が、どこにも存在していない。
レオンは装置の周囲を回る。
確認する。
再確認する。
どこにもない。
出力はある。
詠唱も刻まれている。
にもかかわらず、源がない。
――どこだ。
視線を落とす。
基盤の継ぎ目。
石の色がわずかに違う。
摩耗の具合も異なる。
出入りがある。
表に出ていない構造。
奥がある。
レオンは膝をつき、継ぎ目に触れた。
詠唱が刻まれている。
認証による遮断。
丹念に確かめる。
摩耗具合から、何度か通っていることがわかる。
ただ、最近の出入りではなさそうだ。
かなり昔。
この結界装置が作られた頃。
装置の作成者だけが使う扉であれば、外部からの侵入をここまで許した設計で、さらに堅牢な鍵を設ける必要はない。
深く沈んでいた記憶が揺れる。
遥か昔の記憶。
大がかりな構造。
分離された領域。
外部から切り離された認証。
どこかで、扱ったことがある。
詳細は思い出せない。
感覚だけは、手に残っている。
改めて継ぎ目の近辺を調べる。
不自然に平らな部分がある。
ちょうど掌の大きさだ。
周辺の詠唱を読み取る。
ここが認証の中枢だとわかる。
――認証判定をすり抜けられないか。
七年前に装置へ手を入れた経験と、もっと遠い記憶を頼りに、認証判定に干渉する。
――暫定対応でいい。
魔力を流す。
一瞬、抵抗。
すぐに消える。
認証判定に、わずかな空白がある。
干渉方法を少し変えて、もう一度試す。
わずかな手ごたえ。
もう一度。
隙間が開いた。
空気が流れ出てくる。
結界装置のある部屋とも、外とも違う。
異質だった。
開き切るのを待たず、隙間に体を差し入れる。
その先に何があるかは、わからない。
足だけが、動いていた。
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