第46話 光明
【シーン①:自室・研究】
大森林から戻って、数日が経っていた。
レオンは再び部屋に籠っていたが、その様子は以前とはまるで違っていた。
机の上には学院の教本が何冊も開かれたまま積み重なり、床には書きなぐられた紙片が無造作に散乱している。
インクは乾ききらずに滲み、同じ式が何度も書き直され、その上からさらに線が重ねられていた。
手は止まらない。
思考も止まらない。
無気力に沈んでいた数日前とは対照的に、今のレオンは明確な熱を帯びていた。
原因ははっきりしている。
あの戦闘。
そして、クラウスの存在だった。
帰路の途中、レオンはクラウスから魔道具について話を聞き出していた。
詠唱を刻んだ魔道具に魔力を充填しておき、起動すれば一定の魔法が発動する。
基本は一つの魔法を繰り返す形式だが、構造次第では単発魔法を複数回発動させることもできる。
使い捨ての護符は、微量の魔石を特殊な方法で封入したものだ。
詠唱と同時に解放することで魔法が成立する。
クラウスはそうした魔道具を状況ごとに使い分けることで、単一機能しか持たないという欠点を補っていた。
誇張はなかった。
戦場で見た通りの、完成された運用だった。
――クラウスの用法は完結していた。
――完結しているから、先がない。
レオンは紙の上に走らせていた手を止め、わずかに視線を落とした。
魔道具は使える。
それは間違いない。
あらかじめ魔力を蓄えておけば、起動時の消費だけで魔法が発動する。
詠唱は固定されているため失敗がなく、発動までの時間も短い。戦闘においては、極めて安定した手段だ。
実際、使用時に魔力が引き出される感覚がなかった。
それは、いまの魔力がかなり少ない自分にとって、必須ともいえるものになる。
とはいえ、現実的ではない。
高価。
使い捨ての護符一枚で、宿一泊分。
タリスマンに至っては、馬一頭に匹敵する。
そして、応用が効かない。
刻まれた詠唱以外は受け付けない。
無理に変えれば壊れる。
実際に、壊した。
森での戦闘。
防護のタリスマンを最大出力で実行したとき。
あの瞬間の感触が、まだ手のひらに残っている気がした。
光が抜けていく。
魔力の器を破損したときの感覚に近かった。
――あれは、何だったのか。
「あの魔道具は、使用魔力量の限界設定がしてあったよな」
≪はい≫
「じゃあ、なぜ壊れた」
≪既定された用法と異なる使い方をしたため、制御不能で破損したと考えられます≫
予想通りの答えだった。
だが、問題はそこではない。
レオンは新しい紙を引き寄せ、素早く式を書き出す。
魔道具は完成されている。
用法通りの使い方ではないと壊れてしまう。
余白がないから、融通が利かない。
魔道具の構造。
魔石の容量。
詠唱による制御。
それぞれを分解し、再配置する。
用法である詠唱が刻まれているから、正しく発動する。
詠唱とは制約。
「なぜ、最初から決めている」
≪どんな術者でも、一定の効果を発揮させるためと考えられます≫
――術者が介在することを、想定していない。
原石の状態では出力が出ない、とされている。
だが、本当にそうか。
制約がなければ暴走する。
それは認める。
制約がなければ発動しない、とは別の話だ。
「制約を外したらどうなる」
≪安定性に影響が発生します≫
「安定性を度外視して、制約を削り続けたらどうなるか」
≪発動しても、安定しないと推定されます≫
発動はする。
安定しないだけだ。
――では、誰が安定させるのか。
答えは、すでに手の中にある。
――制御すればいい。
不安定な出力を術者が制御することができれば、制約は軽くできる。
制約を外す。
詠唱を削る。
属性と魔法名だけを固定し、それ以外をすべて後から決める形にすればどうなる。
いや、属性すら不要かもしれない。
魔力そのものを、ただ引き出す。
レオンの筆が走る。
――魔道具における、魔力そのもの。
――つまり、魔石。
魔石は魔力を蓄え、外へ出力できる。
供給源として機能する。
思考が一つに繋がる。
――外部供給。
魔力を外部に持つ。
必要なときに、そこから引き出す。
自身の器を拡張するのではない。
外に置く。
失った分の器として。
レオンの手が止まる。
基本的に、魔石の大きさと魔力の量は比例する。
学院でよく見かけた魔導灯。
あれに設置されていたのは小指の先ほどの大きさだった。
防護のタリスマンに使われていた魔石はもっと小さい。
自分が失った魔力に匹敵させるには、どれだけの大きさが必要なのか。
そして、それはどれほど高額なのか。
現実に引き落とされそうになる。
――待て。まだだ。
これは光明だった。
手放すわけにはいかない。
部屋の中は静まり返っていた。
散乱した紙と、開きっぱなしの本、乾ききらないインクの匂いだけが残っている。
≪理論上は成立します≫
ゆっくりと息を吐く。
――どこまで詠唱が削れるのか。
――無加工の魔石をどうやって入手するか。
――魔力の量を魔石の数で補えないか。
レオンの頭の中を、問題点と対応案が猛然とめぐっていた。
――道筋は、見えている。
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