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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
幼年編
5/18

第5話 詠唱

【シーン①:学校】

 初夏の朝、石畳はまだ朝露を含んでいた。

 塔や城壁に射す陽光が赤銅色に反射し、屋台からはパンや木の実の香りが漂ってくる。

 五歳のレオンは小さなリュックを背負い、教会主催の学校へ向かった。

 街のざわめきは眠気を帯びた空気に混じって、淡い音楽のように聞こえる。

 

 この街――アイゼンヴァルトは辺境の城塞都市だ。

 領主である辺境公は王都におり、普段は姿を見せない。

 政治は代理官が取り仕切り、軍事は父が担っている。

 父、カール・ライナーは辺境城塞都市守備隊の責任者であり、魔法剣士としての腕は国でも五指に入ると噂されている。

 もっとも、レオンにとっては厳しい父でしかない。

 市井の出である父は、立場のわりに堅苦しさがない。

 兵士たちとも気さくに言葉を交わし、屋敷に出入りする者たちとの距離も近い。

 その空気が、街全体にも広がっているように思えた。

 

 教室に入ると、木造の長机が整然と並び、壁際には神学書や筆記具が置かれていた。

 午前の授業が始まると、周囲の子どもたちは声を揃えて神学書を読み上げる。

 守備隊員の子も、商人の子も、職人の子も、同じ席に並ぶ。

 

 レオンもその一人だ。

 嫡男ではあるが、特別扱いされることはない。

 官吏は世襲ではない。将来どうなるかも決まっていない。

 ただ、「いずれは」という視線があることだけは、なんとなくわかっていた。

 

 

 レオンは窓際の席に座る。

 目立たぬよう静かに振る舞いながら、机の下でひそかに手元を動かした。

 掌に、淡い光が浮かぶ。

 窓から差し込む朝の光と混ざり合い、机の上にぼんやりとした影を作る。

 

――色、変えられるかな。

 

 そっと詠唱をつぶやく。

 光がわずかに揺れ、橙から赤へと変わった。

 もう一度。

 今度は青へ。

 同じ「ライト」なのに、ほんの一語変えるだけで結果が変わる。

 単純なはずなのに、仕組みはまだ見えない。

 

 次に大きさを変えてみる。

 詠唱の末尾を少し変える。

 光がわずかに縮んだ。

 色と大きさ。

 同じように変えているつもりなのに、反応が違う。

 

――順番か、それとも別か。

 

 答えは出ない。

 だが、問いが増えるほど、次に試したいことも増えていく。

 隣の子どもたちは自分の課題に夢中で、誰も光を見てはいない。

 それでいい。

 

 

 授業の終わりが近づいたころ、扉の隙間からちょこんと顔が覗いた。

 クララの弟、ネロだ。

 まだ三歳半で、姉を迎えに来たらしい。

 教室の中を珍しそうに見渡し、レオンと目が合うとぱっと顔を輝かせた。

 

「れおん!」

 廊下から元気のいい声が飛んでくる。

 数人がこちらを振り向いた。

 

「ネロ、静かに」

 クララが小走りで駆け寄り、弟の口を両手で塞ぐ。

 ネロはもごもごしながらも嬉しそうだ。

「レオン、今日は一緒に帰らない?」

「う~ん、また今度」

「また今度って、この前も言ってたじゃない」

 クララは眉を寄せる。

 ネロはその隣で、レオンをじっと見上げたまま動かない。

「……れおん、くる?」

「……今日は用事がある」

「なにするの?」

「魔法の練習」

「いつもじゃない」

 げんなりした表情のクララと対照的に、ネロの目はキラキラした眼差しを向ける。

「れおんのまほう! みたい!」

「やだよ」

 即答すると、ネロは唇を尖らせた。

 クララが苦笑しながら弟の手を引く。

「しょうがないわね。またね、レオン」

 

 二人が教室を出ていく。

 その背中を見送りながら、レオンは小さく笑った。

 

 窓の外で、花びらが舞っていた。

「ヴェント」

 そっとつぶやくと、花びらが一枚、空高く巻き上がっていく。

 誰も気づいていない。

 それでいい。

 

 

【シーン②:放課後】

 授業を終えたレオンは、校庭を素通りして街へ向かった。

 初夏の風は爽やかで、湿った石畳に心地よく吹き抜けていく。

 市場の屋台には果物やパン、木工品が並び、行き交う人々の声が通りを包んでいた。

 

 歩きながら、あちこちで試す。

 指先で風を操り、水たまりをのぞき込んで水を澄ませ、葉っぱを一枚だけ宙に浮かせる。

 大きな魔法ではない。

 それでも、自分の手で世界が少し変わる感覚は、毎回新鮮だった。

 

 

 城門近くまで来たとき、工事現場に差し掛かった。

 職人たちが石畳に手をかざしている。

 亀裂が、音もなく塞がっていく。

 

――なんだ、あれ。

 

「……なんて魔法?」

 

≪情報が不足しているため、特定できません≫

 

 対象に触れているのか、距離があってもいいのか。

 詠唱の構造すら見えない。

 

――やっぱり、わからないか。

 

 最初に現れてから二年間、ずっと試してきた。

 この声は、レオンが把握した範囲しか答えを出せない。

 レオンに見えていないものは、見えていないと返してくる。

 問いに対して、必要な分だけ返ってくる。

 余計なことは言わない。勝手に教えることもない。

 

 応答型。

 

 それだけではない。

 レオンが気づいていないことでも、観察できていれば、返す。

 かなり詳細な応答も可能。

 

――解析している。

 

 そう考えると、辻褄が合う。

 表面ではなく、その奥。

 構造そのものを拾い上げているような回答。

 

 前世で自分が作っていたものと、あまりにもよく似ている。

 詳細の記憶はすでにない。

 しかし、基本仕様はまだ覚えている。

 

≪次世代型解析AI統合基盤≫

 

――同じ、なのか?

 

 だが、そんなはずはない。

 ここは異世界だ。

 なぜ、それが使える。

 答えは出ない。

 

 だが。

 

――使える。

 

 それで十分だった。

 

 

 職人たちはもう次の作業に移っていた。

 レオンはしばらく眺めた後、踵を返した。

 

 わからないものばかりだ。

 

 

【シーン③:修練場】

 自宅の裏には、父の部下たちが使う修練場がある。

 本来は自由に出入りできる場所ではないが、誰も止めはしない。

 父の性格によるものが大きい。

 立場で縛ることを好まない。

 だからこそ、この場所も自然と開かれている。

 

 夕方前はいつも無人で、最近はここで練習するのが日課になっていた。

 

 

――火の魔法。

 本来なら習うような年齢ではない。

 訓練中の兵士が使うのを見ただけ。

 だが、繰り返し観察しているうちに、AIの解析もあって、耳が詠唱を覚えた。

 

「フラムボルト」

 

 掌に炎を発現させ、放つ。

 炎は弧を描きながら飛んだが、的をわずかに外れて地面に散った。

 微かに焦げた匂いが漂う。

 もう一度。

 今度は軌道を意識して狙いを絞る。

 炎は的の端をかすめた。

 

――もう少し。

 

 三度目。

 炎が弧の頂点を過ぎたあたりで、ちょうど的の中心に吸い込まれた。

 弧を描く分だけ、狙いの読み方が直線とは違う。それが少しずつわかってきた。

 

 

 西の空が赤く染まり始めている。

 塔の影が長く伸び、石畳の上を這う。

 修練場の木の床には、過去の訓練の焦げ跡が残っていた。

 

 熱と木の香りが混じった空気の中で、ゆっくりと息を吐いた。

「あの工事の魔法、気になるな。今度、聞いてみるか」


 独り言が、静かな修練場に溶けた。

 レオンは次に試す魔法を頭の中で並べながら、ゆっくりと歩き出した。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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