第4話 ほのかな光
【シーン①:未知の声】
月明りが淡い影を落とした部屋は、静まり返っていた。
先程の声を、レオンは心の中で反芻する。
思わず体がこわばった。
周りを見渡すが、誰もいない。
声は頭の内側に直接響いてくる。
昼間、何度やっても何も起きなかった。
クララは一度で光を出した。
マルタは「焦らず」と言った。
だが焦りではない。
理由がわからないことが、どうにも引っかかっていた。
――これは、なんだ。
「……だれ……?」
≪私は、あなたの思考に応答するプログラムです≫
平坦で、感情のない声だった。
けれど、確かに自分の問いに応えている。
「……プログラム……なにをする……?」
≪あなたの問いに応答します。ただし、回答の精度は質問の明確さに依存します≫
プログラムという単語に、懐かしさを感じる。
それはそれとして、要するに聞き方次第だということか。
不思議な存在だと思った。
怒らない。
慰めない。
ただ問いに答えるだけ。
それなのに、話しかけることに違和感がない。
むしろ、こちらの言葉を正確に受け取ってくれる分だけ、話しやすかった。
レオンは少し考えてから、声を出した。
「……らいと……つかいたい……なにがちがう?」
≪魔法の詠唱に必要な発音が正確ではありません≫
短く、平坦な返答。感情はない。
失敗の原因だけを返してくる。
「……どこが……?」
≪詠唱全体が平坦に崩れています。正確な音の高さと区切りが必要です≫
つまり、発音の問題だ。
マルタも同じことを言っていた気がする。
だが今日は、理由まで返ってきた。
「……おとの、たかさ……?」
≪はい。詠唱は音の高低と区切りで意味が変わります。平坦に発音すると、魔力への作用が弱くなります≫
思っていたより、具体的な説明だった。
音の高低が魔力に影響する。
ならば、どこをどう変えればいいのか。
「……はじめから、もう一度やる……どこがわるい……おしえてくれる?」
≪了解です。詠唱の音声を監視し、問題点を随時返答します≫
評価も励ましもない。
それでも、この簡潔さが妙に落ち着いた。
感情のない相手だからこそ、余計なものが混じらない。
レオンは机の前に座り直し、手を膝の上に置く。
息を整える。
舌先と口の形を、頭の中で確認する。
【シーン②:はじめての光】
「……らいと……」
音はまだ曖昧で、途切れ途切れだ。
脳裏に、赤い文字がちらつく。
言葉ではない。
それでも、どこかが崩れているという感覚だけが、直接流れ込んでくる。
マルタの発音を思い出す。
音の高さ、響き、舌の動かし方。
一つずつ確かめながら、もう一度。
「……らい……と……」
まだ赤い。
「……ら……いと……」
まだ。
繰り返す。
ずれる。
直す。
また繰り返す。
≪音の高さが不足しています。区切りのタイミングも確認してください≫
具体的だった。
感想ではなく、直すべき場所だけが返ってくる。
何度目かで、ふと手を止めた。
同じことを繰り返しているだけで、本当に変わっているのかわからなくなってきた。
だが、やめる理由もない。
赤い文字はまだそこにある。
それが消えるまで、続けるだけだ。
肩の力を抜く。
今度は音の高さだけを意識して、もう一度。
「……らい……と……」
手元の空気が、わずかに変わった気がした。
手応えは微かだが、確かにある。
――何かが、動いた。
深く息を吸う。
今度は舌先を意識して、声の高さと響きを丁寧に揃える。
「……ライト……」
言葉が、空気に溶けていく。
次の瞬間、何かが動いた。
声ではない。もっと内側の、どこにあるかも知らなかった場所から、何かがじわりと滲み出してくる感覚。
引っ張られるように、ではない。
言葉に呼ばれて、応えるように。
それが指先へ流れ、掌の上に集まっていく。
熱くも冷たくもない。
ただ確かに、そこにある。
机の上に、淡い光がふわりと浮かんだ。
――できた。
思考が、一瞬止まる。
揺れている。
消えない。
月明かりとは違う、自分の声で生み出した光が、部屋をやわらかく包んでいる。
赤い文字は消えていた。
光だけが、そこにある。
手を伸ばしてみる。
触れようとすると、光はわずかに揺れたが、消えなかった。
ただそこにあり続ける。
自分が生み出したものが、確かに存在している。
胸の奥から何かがこみ上げてくる。
うまく名前がつけられない。
喜びとも、驚きとも、少し違う。
ただ、この光を自分が生み出したという事実だけが、じわじわと染み込んでくる。
しばらく、声が出なかった。
光を見つめたまま、何も考えられなかった。
ただ揺れているだけの小さな光が、なぜかひどく大きなものに見えた。
やがて、小さく息を吐く。
「……できた」
声にしたら、また少し、実感が増した。
光は揺れている。
部屋の隅まで、やわらかく届いている。
――これで、あってるよな?
≪はい、成功しています≫
それだけだった。
称賛もなく、感想もなく、ただ事実だけが返ってくる。
それでも今は、それで十分だった。
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