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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
幼年編
3/17

第3話 はじめての魔法

【シーン①:食卓の会話】

 食堂に足を踏み入れると、すでに父――カール・ライナーが席についていた。

 黒髪を後ろへ流し、顎には整えられた髭。

 年齢に見合った落ち着きと、服の上からでもわかる鍛え上げられた体。

 自然な”圧”をまとっている。

 簡素な朝食の場であっても、その存在だけで空気が引き締まるようだった。

 

 

「おはようございます」

 遅れて入ってきた母が、父に声をかける。

「ああ」

 短い返事。

 多くを語らないが、それで十分に成立しているやり取りだった。

 

 レオンも席につき、食事に手を伸ばす。

 しばらくのあいだは、食器の触れ合う音だけが静かに続いた。

 

――言うなら、今か。

 

 

 ずっと気になっていた。

 水をきれいにする魔法も、火を灯す魔法も、何度も目にしてきた。

 そのたびに、自分でもできるのかと考えていたが、口に出すことはできずにいた。

 まだ早いと言われる気がしていた。

 今日はどうしても、あの魔法が発現する光景が頭から離れない。

 

 だから。

 

 

「……父さん」

 カールの手が、わずかに止まる。

「なんだ」

 視線だけが向く。

 その一瞬で、試されているような感覚を覚える。

「魔法、やってみたい」

 言い切った瞬間、自分でも少し驚くほど、言葉はすんなりと出た。

 ようやく、言えた。

 胸の奥に溜まっていたものが、一つ外に出たような感覚があった。


 カールはレオンを見たまま、数秒黙る。

 測るような沈黙。

「……まだ早いと思うが」

 そう言いながらも、完全に否定する響きではない。

「興味を持つのは悪くない」


 ナイフとフォークを置き、ゆっくりと姿勢を起こす。

「マルタ」

「はい」

「基礎だけでいい。無理はさせるな」

「かしこまりました」


 朝食が再開され、食器の音だけが場に戻る。

 その後、一言もなく、カールは食事を終えて食堂を出ていった。

 

 

――許可は出た。

 

 胸の奥に、小さな熱が灯る。

 期待だけがあった。

 

 

【シーン②:はじめての魔法】

 部屋に戻ると、マルタが向かいに座った。

 心配なのか、エルザも列席する。

 

「では坊ちゃま、さっそく試してみましょう」

 その口調は変わらず穏やかだ。

「まずは一番簡単なものからです」

 

 その時だった。

 

 扉の外から控えめな声が届いた。

「奥様、ヴォルフ家の皆様がお見えです」

「通してちょうだい」

 エルザが応じる。

 

 やがて扉が開き、赤子を抱いた女性が現れた。

「ごきげんよう、エルザ姉さま」

 丁寧な所作で一礼する。

 エルザの妹――アンナ・ヴォルフだった。

 

「いらっしゃい、アンナ。

 子供たちも連れて?大変だったでしょう」

「ええ、でもこの子がどうしても来たいと言って」

 そう言って、軽く後ろを促すと、女の子が飛び出てきた。

 クララ。レオンより一つ年上の幼馴染だ。


「レオン!」

 ぱっと表情を明るくする。

 距離の近さも、明るさも、いつも通りだった。

 

「レオン、なにしてたの?」

「坊ちゃまはこれから魔法のお勉強なのですよ」

 マルタが代わりに答えると、クララの目が一気に輝く。

「わたしもやる!」

 有無を言わせない。

 当たり前のように、レオンの隣に座った。

 

 マルタは一瞬だけエルザを見た。

 エルザが小さく頷く。

「では、クララさんも一緒にやってみましょうか」



 マルタは手を軽く上げ、短く言葉を口にする。

 

「ライト」

 

 指先に、小さな光が生まれた。

 一瞬だけ存在し、すぐに消える。

「このように、光を灯す魔法です」

 何度も見てきた現象だったが、自分が“やる側”として向き合うと、印象が少し変わる。

 

「同じようにやってみてください」

 レオンは手を上げる。

 真似る。

 動きも、タイミングも、見たままをなぞる。

 クララも同じ動作をする。

「らいと」

「……らいと」

 舌足らずな発音で、言葉を口にする。

 

――何も起きない。

 

 もう一度やる。

 同じ。

 やはり、何も起きない。

 

 

「できた!」

 クララの指先に、光が灯っていた。

 

 クララが振り向く。

「できたよ、レオン!」

 レオンは手を上げたままでいる。

「……なんで」

 思わずこぼれた。

 

 もう一度試す。点かない。

 

 同じ条件だった。

 同じ教師。同じ説明。同じタイミング。

 なのに、結果が違う。

 どこが違うのか、何が足りないのか。

 

「レオンはまだできないの?

 じゃあわたしが教えてあげる」

 クララがまた手をかざす。

「こうやって、こう!」

 光が灯る。消える。

 

「ね?こうやるの」

 もう一度。

 光が灯る。消える。

 

「ほら、やってみて」

「……らいと」

 何も起きない。

 

 三度。四度。

 そのたびに光が灯り、消える。

 説明する言葉を探しながら、何度も何度も点灯をさせる。

 

 

 「……あれ」

 声が、少し小さくなる。

 クララの体が傾く。

 

「クララさん!」

 マルタが素早く立ち上がり、支える。

 クララは抵抗せず、マルタの腕の中に収まった。


 部屋が騒然とした。


 アンナの顔色が変わる。

 エルザに赤子を預けて駆け寄ると、奪うようにクララを抱きしめた。

 

 クララの目は開いている。

 ただ、焦点が定まっていない。

「……なんか、くらくらする」

 先ほどまでの勢いが、完全に抜けている。


 アンナは、胸をなでおろした。

 

「魔法の使い過ぎよ」

 アンナがクララの頭を撫でながら、たしなめる。

「魔法を使うと、代わりに体の中から魔力がなくなるの」

 クララはおとなしく聞いている。

 さっきまで当たり前のように光を出していたのに、今は自分で座ることもできていない。

 

――使うたびに、消費する。

「……ぼくは」


 自分の手を見る。

 何度やっても、何も起きなかった。

 疲れてもいない。

 何も変わっていない。


「坊ちゃまはまだ魔法を発動させておりませんので」

 マルタが静かに補足する。

 

 レオンは下を向く。


「焦らず、少しずつ慣れていきましょう」

 正しい。

 しかし、納得はできない。


 できる人が目の前にいるのに、自分はできない。

 しかも理由がわからない。

 

 それが一番、気持ち悪かった。

 

 

【シーン③:声】

 夜。

 一人になった部屋で、レオンはもう少しだけ魔法を試すことにした。

 

 昼間のやり取りを思い返しながら、ベッドの上で姿勢を整え、ゆっくりと息を吐く。

 何度も繰り返した動作ではある。

 今度は一つ一つを意識的に追いかけるように、順を追ってなぞっていく。

 

 手を上げる。

 目を閉じる。

 

「……らいと」

 

 舌足らずな詠唱は、やはりどこか不安定で、音としても曖昧だった。

 

――何も起きない。

 

 結果は変わらない。

 思考が空回りする。

 

 同じことをやっているはずなのに、何も起きないまま終わる。

 その繰り返しに、じわじわと焦りが積み重なっていく。

 

 原因が見えない。

 手がかりもない。

 それでも、繰り返すうちに一つだけ、引っかかるものがあった。

 

 詠唱の、その瞬間。

 ほんのわずかに、滑らかに流れていない部分がある。

 言葉にしきれない違和感。

 混ざり込んでいる、異質なもの。

 

――ノイズ。

 

 意識をそこに向ける。

 結果ではなく、その違和感そのものを掴むように、集中を深めていく。

 手を上げる。

 目を閉じる。

 

「……らいと」

 

 その瞬間。

 脳裏に、何かが流れ込んできた。

 光ではない。

 映像でもない。

 文字のようでいて、見慣れたどの文字とも違う。

 意味を持ちそうで持たない"何か"が、思考の奥に直接流れ込んでくる。

 

 理解できない。

 わからない。

 思考が、ほどけていく。

 焦りでも、怒りでもない。ただ純粋に、わからない。

 

――なぜ、こうなってる。

 

 

 声に出たわけではない。

 叫んだわけでもない。

 思考の底に、ただそれだけが残った。

 その瞬間。

 

≪質問を受領しました。ただし内容が不明確です。具体化してください≫

 

 

 感情のない、平坦な声が、頭の内側に直接響いた。

 思考が、止まる。

 

 今のは――

 

――誰だ。

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