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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
幼年編
2/18

第2話 小さな世界の輪郭

【シーン①:わが家】

 やわらかな布の感触と、かすかな揺れで意識が浮かび上がった。

「坊ちゃま、朝でございますよ」

 穏やかな声が、すぐ近くで響く。

 ゆっくりと目を開けると、見慣れた顔があった。

 

――マルタ。

 

 この屋敷で自分の世話をしてくれている乳母だ。

「……ん」

 まだ少し重たい身体を起こしながら、小さく返事をする。

 赤子ならともかく、三歳になったこの身体なら起き上がること自体は難しくない。

 

 ただ、寝起きの鈍さだけはどうにもならない。

 視界に入るのは、木で組まれた天井と石の壁。

 少し歪みはあるが、丁寧に作られているのがわかる。

 もう見慣れた風景だった。

 

 

「よく眠れましたか?」

「……うん」

 

 言葉も問題なく出る。

 最初は不思議だったが、今ではもう当たり前になっていた。

 

 マルタは安心したように微笑むと、手際よく身支度を整え始める。

 その動きは柔らかく、それでいて無駄がない。

 毎朝繰り返されているものだと、身体のほうが先に知っている。

 

 

 扉の向こうから別の声がした。

「レオン、起きたのね」

 母だ。

 

 柔らかな金髪が朝の光を受けて揺れている。

 近づいてきて、そっと頬に触れた。

「今日もいい子にしていられる?」

「……はい」

 短く答えると、母――エルザは嬉しそうに笑った。

 

 このやり取りも、もう特別なものではない。

 気づけば、こういう時間が自然に積み重なっている。

 

――馴染んできている。

 

 完全に、とは言えない。

 どこかでまだ、距離を測っている自分がいる。

 それでも、最初に感じていた違和感は、もうほとんど残っていなかった。

 だからこそ、逆に引っかかることがある。

 

――どうして、ここにいるのか。

 

 思い出そうとしても、あの最後の瞬間の先が、どうしても繋がらない。

 気がついたらここにいた。

 それだけは、確かだ。

 

「……保留だな」

 小さく息を吐く。

 

 今のところ、困ってはいない。

 強いて言えば、生前の記憶が薄まってきている。

 この世界では用をなさない記憶が、この世界の記憶に置き換えられてゆく。

 怖い、という感覚はなかった。

 前世に思い入れというほどのものもなかった。

 やりかけの仕事が引っかかった。

 しかし。

 

――パソコンがなければ、なにもできないし。

 

 この世界に合わせて、最適化する。

 それ以上の要件は、まだ見えていなかった。

 

 

【シーン②:窓の向こう側】

 身支度を終えた後、窓のそばに立つ。

 外の光が、静かに差し込んでいた。

 

 視線の先には、街が広がっている。

 石造りの建物が並び、人が行き交う。

 街の向こうに、深い緑が広がっている。

 濃く連なる森は、ただそこにあるだけで、この場所が外と繋がっていることを感じさせた。

 

 街に目を戻す。

 それほど大きな街ではない。

 門を行き来する人の数も、一番の大通りも、賑やかすぎず、静かすぎもしない。

 深い森を背にしているわりに、どこか落ち着きすぎているようにも見えた。

 

 

「坊ちゃま、風が冷たいですよ」

 マルタの声に呼ばれ、窓から離れる。

 

 言われてみれば、確かに少し冷えていた。

 屋敷の中とは、空気が違う。

 そういう当たり前の違いも、少しずつ身体に馴染んできている。

 

 

【シーン③:生活の中の違い】

 食堂へ向かう途中、ふと足を止めた。

 少し先で、メイドのひとりが作業をしている。

 手元には、水の入った器。

 その上に手をかざし、短く言葉を口にする。

 次の瞬間。

 水の濁りが、すっと消えた。


 視線が止まる。

 初めて見るわけではない。

 それでも、やはり気になる。

 

 メイドは何事もなかったかのように、同じ動作をもう一度繰り返す。

 結果も同じだ。

 

 隣では、別のメイドが火を扱っている。

 指先に小さな灯りがともり、そのまま調理の火へと移っていく。

 慣れた、無駄のない動きだった。

 この世界では、それが当たり前に行われている。

 

――魔法。

 

 この現象がそう呼ばれていることは、確認した。

 子供向けの説明を受け、そういうものだと把握はした。

 実際、目の前で行われている。

 けれど。

 水がきれいになる理由も、火が生まれる仕組みも、理解できない。

 結果だけがそこにある。

 誰も疑問に思わない。

 当然のように使っている。

 

 メイドの手元、魔法の発現を目で追う。

――きれいだ。

 理屈ではなく。

 

 

「坊ちゃま?」

 マルタから声がかかる。

「……うん、いく」

 短く返して歩き出す。

 

 自分にも、できるのだろうか。

 この世界に生まれた以上、可能性はあるはずだ。

 やり方はわからない。

 まだ試したこともない。

 それでも。

 

――やってみたい。

 

 その気持ちだけが、じわりと残った。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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