第1話 ノイズのない世界
【シーン①:デスマーチ】
ディスプレイの光が、やけに白く滲んで見えた。
何時間経ったか、もう数えていない。
――もう少しだ。
画面の左上に大きく、現在実行中のタスクが表示されている。
≪次世代型解析AI統合基盤 最終テスト≫
複数の判断モジュールを束ね、質問に応じて観察対象の深部までを解析する統合基盤。
理論上は、使用者が認知できていないレベルまで高精度な解析が可能となる。
ログが流れる。
正常。
正常。
正常。
その中で、ごく一部だけが妙に引っかかった。
エラーは出ていない。数値上の異常もない。
だが、理由の説明できない違和感が残る。
「……おかしい」
断定はできない。
どこが原因かも、まだ見えない。
根拠のない確信だったが、これまで外れたことがなかった。
視線をログに固定したまま、思考だけが先行する。
指が動く。
ログを遡る。
意思決定プロセス。重み付け。評価関数。
一つずつ確認していく。
表面上はすべて正常だ。だが出力だけが、わずかにズレている。
「……なぜだ」
さらに深く潜る。
依存関係を辿り、処理の流れを分解して再構築する。
一段。
さらに一段。
その中で、わずかな歪みが見えた。
「……ここか」
非同期処理の例外が、ログに出ない形で握り潰されている。
表面には現れないが、内部では確実に評価へ影響していた。
修正を入れ、ログ出力を追加して再実行する。
結果が変わる。より自然な出力に近づく。
だが――
「……まだ残ってる」
完全ではない。
このままでは、"正しく間違える"。それは最も危険な状態だ。
影響範囲。再現性。収束速度。優先順位を組み替え、最短ルートを再構築する。
いける。あと一手で、届く。
――はずだ。
ふと、意識が揺れた。
身体が重く、指先の感覚が曖昧になっている。
だが関係ない。ここで止めるわけにはいかない。
「ここで目を閉じるわけには……」
まぶたが落ちかける。
無理やり意識を引き上げる。
あと一手。
それだけで、このAIは完成する。
「ここを……修正して……」
手を伸ばす。視界が揺れる。ログが崩れる。思考が分解される。
構造が、ほどける。
――まずい。
これは。
致命的な――
暗転した。
【シーン②:転生】
光があった。
やわらかい光だ。
刺すような白ではない。輪郭があり、温度がある。
空気が、軽い。
吸い込んだ瞬間、違和感に気づく。
混じり気がない。
頭に入ってくる感覚が、あまりにもクリアすぎる。
――なんだ、これは。
思考は自然と動く。
状況を把握しようとする。
視界が低い。
焦点が合わない。
解像度が粗い。
違う。
これは――
「……あ」
声が出た。
だが、それは自分の知っている声ではない。
高く、未熟で、頼りない。
身体を動かそうとする。
思った通りに動かない。
まるで新しい環境に、まだ適応できていないように。
視界の端に、人影。
温かい手が触れている。
ほほ笑んでいる気がした。
何かを話している。
意味はわからない。
何とか自分の手を動かして眺める。
――赤子の手だ。
理解が追いつく。
いや。
追いついてしまう。
視界の低さ。
制御できない身体。
不安定な発声。
すべてが、一本に繋がる。
ありえない。
そんなはずはない。
思考が、否定する。
だが。
すべての条件が一致している。
――働き過ぎで頭が壊れたか
あまりにもメタな展開にめまいがする。
ありえないと思いつつも帰結する。
――異世界転生、なのか
結論だけが、静かに残った。
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