第45話 魔道具と戦闘
【シーン①:大百足】
木々の隙間、その奥で異様な質量が蠢いていた。
長く、太く、そして数が多すぎる。
無数の脚が地面を擦り、枯葉を押し潰しながら進むたび、紫がかった外骨格が鈍く光を返していた。
視界に収めた瞬間、判断の限界を超えていた。
ジャイアントセンティピート。
大百足。
「……森の奥に戻ってくれればいいんだがな」
グスタフの声は低く、期待の薄いものだった。
クラウスがレオンに近づく。
「こいつを持っておけ。
使い方は学院で習っているだろ」
護符を数枚と、タリスマンを押し付ける。
「おれと、カルロの間にポジションを取っておけ。
どちらかが必ずカバーする」
レオンは頷いた。
百足の頭部がわずかに持ち上がり、触角が空気を探るように揺れる。
その反応だけで十分だった。
気づかれている。
グスタフが前に出る。
その動きに合わせてクラウスが詠唱と共に護符を切る。
虹色の光がグスタフの大剣を包む。
カルロが弓を引き絞り、矢に光をまとわせた。
放たれた一矢は正確に外骨格を捉えるが、硬質な音とともに弾かれ、軌道を逸らして地面に突き刺さる。
浅い。
通らない。
「硬ぇな」
舌打ちが落ちた直後、百足の巨体が跳ねるように間合いを詰めた。
速い。
長大な体躯からは想像できない加速で迫るそれを、グスタフは軽やかにかわしつつ、切りつける。
大剣が振り下ろされる。
外骨格とぶつかり、衝撃が空気を震わせた。
濃い緑色の液体が飛び散る。
強化された大剣ならば、徹る。
百足は体躯をくねらせて、またも顎肢でグスタフを狙う。
これもかわして、返す刀で脚を跳ね飛ばす。
数百はあろうかという足の一本が宙を舞うだけでは、百足の勢いは止まらない。
グスタフが華麗に身をかわしながら気を引いているうちに、カルロは集中した一撃を準備する。
狙いは頭。
渾身の一撃が放たれるが、かわされる。
なにせ、速い。
「遅らせられないか」
カルロの注文に、クラウスが応える。
「やってみる」
指輪の一つをさすりながら詠唱を行う。
近くで聞いていたレオンは、それが「ライト」だと瞬時に理解する。
違和感。
――詠唱が長い。
――無駄がある。
閃光が百足の頭部周辺に炸裂する。
一瞬、動きが止まる。
その隙を逃さない。
グスタフとカルロの攻撃が、頭部に殺到する。
矢は突き刺さり、大剣は咢の片方を切り飛ばした、かに見えた。
肉に食い込む。
食い込んだまま、抜けない。
力ずくで抜こうとするグスタフを振り払うように、百足が頭を振った。
グスタフの巨体が飛んだ。
木々の高さを超えて、レオンの視界から消える。
「グスタフ!」
声を上げたカルロに百足が迫る。
――まずい。
「カルロ、さがれ」
クラウスは指示を飛ばしながら、詠唱を始める。
――間に合わない。
指示を出した時間、後方にポジションを取っている距離、カルロの支援にクラウスの魔法は届かない。
レオンはそう判断した。
――俺なら。
思った時には身体が動いていた。
自衛用に渡されていた火焔の護符を取り出し、詠唱する。
不思議な感覚があった。
詠唱が終わった瞬間に、術が起動する。
炎の槍が螺旋を描いて撃ち出され、百足の身を焼き、肢足を数本吹っ飛ばす。
巨体がわずかに揺れる。
その手応えよりも、別の違和感が強く残った。
軽い。
魔力を使った感覚がない。
不意に、マルセルの顔が浮かぶ。
感触を確かめようと思考が引き寄せられた瞬間、百足の頭部がこちらを向いた。
標的が切り替わる。
一直線に迫る。
逃げ切れない。
「右、二歩」
クラウスの声が短く飛ぶ。
余計な言葉はない。
反射的に従う。
踏み出した直後、視界が白く弾けた。
閃光。
百足の動きが一瞬だけ鈍る。
それでも止まらない。
巨体が軌道を保ったまま突っ込んでくる。
レオンはタリスマンを握りしめた。
「シールド」
しかし、この質量と速度を受け切るには足りないと直感する。
「……マクシメル」
出力条件を追記する。
強引な出力変更は魔道具を破壊する。
知ってはいる。
だが、止められない。
無理に書き換えた詠唱が、タリスマンに蓄えられた数回分の魔力を、すべて引き出して発動する。
強健に仕立て直された不可視の盾が展開されると同時に、タリスマンから光が急速に抜けていく。
内部に蓄えられていた力が一気に吸い上げられる感覚が、手のひら越しに伝わった。
百足がぶつかる。
衝撃が全身を貫く。
押し潰されるような圧力がかかり、シールド越しに百足の体が軋む音がする。
それでも、止まった。
ほんの一瞬。
空間が固定される。
その瞬間、横から衝撃が突き抜けた。
重い音が、遅れて響く。
くねっていた巨体が引き延ばされ、横倒しになる。
百足の頭部が、貫かれている。
大剣。
そのまま押し切るように、頭部を地面へ叩きつける。
刃が走る。
切断。
頭部が離れ、地面を転がる。
遅れて、長大な胴体が崩れ落ちた。
振動が足元から伝わる。
森が静まる。
残響だけが、しばらくその場に残っていた。
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