第42話 拒絶
【シーン①:修練場】
修練場の地面は、昨夜の雨でわずかに締まっていた。
踏み込めば、砂が鈍く鳴る。
中央に立たされている。
理由は簡単だった。父の命令だ。
「体を動かせ」
それだけ。
対面に立つのはネロだった。
クララの後ろについて歩いていた、あの頃の幼さはもうない。
むしろ体格的にはレオンを圧倒するほどに成長している。
距離を測る視線。
以前と同じ構え。
違うのは、そこに混じるわずかな苛立ちだった。
開始の合図はない。
ネロが先に動いた。
踏み込み。
直線。
速い。
レオンは半歩引く。同時に、右手を上げる。
「フレアボルト」
炎が生まれる。
掌の前に圧縮された熱塊。
投射。
一直線にネロへ走る。
避けられる。
想定通り。
問題はそこではない。
ネロの軌道は見えている。
動きも読める。
次で仕留められる。
――フレアボルト・ループ3。
牽制と本命。
三連で面を制圧し、逃げ場を潰す。
成立すれば、勝てる。
詠唱を組む。
分岐、条件、タイミング。
すべて揃う。
――だが。
身体が止まった。
――足らない。
さっきの一発で、削れた量から逆算する。
ここで三連を通せば、その先が持たない。
判断は一瞬。
この選択は、捨てる。
「……フレアボルト」
単発。
圧が足りない。
炎は伸びる。
しかし、薄い。
押し切れない。
ネロが踏み込む。
炎を割るように、間合いの内側へ。
近い。
剣が来る。
受ける。
反応はできる。
――重い。
押し返せない。
鍔迫り合いにもならず、弾かれる。
体勢が崩れる。
足が遅れる。
横薙ぎ。
まともに受けた。
地面に転がり、砂が口に入る。
立てる。
まだ動ける。
起き上がろうとしたとき、刃が喉元で止まった。
ネロは何も言わない。
ただ一瞬だけ、視線を落とした。
それだけで、十分だった。
周囲の声が遅れて届く。
「……あれで学院あがりか」
「いや、中退だろ」
「団長もついてないな」
乾いた笑い。
誰も近づかない。
審判も、次の組を呼ぶ声に切り替わる。
「次、前へ」
中央はすぐに空けられた。
レオンが立っていた場所は、もうそこにはなかった。
砂を払いながら立ち上がる。
視線を上げると、次の組がすでに中央に出ていた。
呼び止める声はなかった。
【シーン②:夕食】
夕食の席は、静かだった。
父はいない。
代わりに、整えられた料理と、変わらない手順がある。
マルタが皿を置く。
「今日は、お疲れさまでした」
柔らかい声だった。
内容は聞いているのだろう。
修練場でのことは、すぐに回る。
レオンは頷くだけだった。
母が様子を見ている。
言葉を選んでいるのが分かる。
「……レオン」
名前を呼ぶ間があった。
「これからのことは、ゆっくり考えればいいわ」
否定しない。
急がせない。
選択肢を狭めない。
正しい言葉だった。
逃げ道としては、正しすぎた。
「学者の道もあるし……あなたは頭がいいもの」
続く提案も、間違っていない。
適性としては、むしろ合っている。
魔法理論だけの研究者。
それでも、レオンの中には何も入ってこなかった。
音としては理解できる。
意味も分かる。
だが、処理が止まる。
受け入れる余地がない。
皿の上の料理に手を伸ばす。
味は分かる。
温度も分かる。
ただ、それ以上の評価がない。
会話は続かない。
マルタが、いつも通りに場を整える。
母も、それ以上は踏み込まない。
それが、分かる。
分かった上で、何も言わない。
言えば、何かが確定する。
それだけは、避けていた。
【シーン③:自室】
自室に戻り、扉を閉める。
音が、やけに大きく響いた。
静かだ。
外の気配も、ここには届かない。
ベッドに視線を落とす。
何も考えないようにしていたものが、浮かぶ。
修練場。
炎。
距離。
あと一手。
成立していたはずの構成。
だが――出ない。
出力が足りない。
それだけで、全部が崩れる。
気づけば、拳を握っていた。
そのまま枕を掴む。
振り下ろす。
鈍い音。
もう一度、叩きつける。
形が崩れる。
中身は変わらない。
手が止まる。息が荒い。
言葉が、漏れた。
「……魔力さえ、あれば」
出た瞬間、理解する。
それがすべてだと。
そして、それが無いことも。
レオンは動かなかった。
視線だけが、宙に固定されていた。
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