第36話 変化
【シーン①:一般科の英雄】
対抗戦から数日が経過し、学院はこれまでと変わらない生活に戻っていた。
唯一、レオンの周りを除いて。
「一般科の英雄」
誰が言い始めたかはわからないが、最近のレオンの二つ名はそれで通っていた。
対抗戦で上級科生を押しのけて出場し、見事な活躍を見せた雄姿を、一般科生は手放しで称賛した。
ゆく先々でレオンは視線を集め、講義の合間、講義が終わってからも、レオンの周りには人が集まるようになった。
「この魔法の構成について質問したいんだけど」
「魔法条件の接続の仕方について、レオンの意見を聞きたくて」
次から次へとやってくる質問者と、その取り巻きが層をなすように群がる。
レオンは表情を変えず、淡々とそれを捌いてゆく。
「その構成では魔力の偏りが発生する。こちらの単位変換を優先して……」
「魔法条件については、個別に考えるべき部分と全体をとらえる部分に分けて……」
質問に対して、レオンは次々と答えてゆく。
なかにはよくわからずに質問をしてくるものもいるが、それにも応える。
応えているうちに、人の数は減らないどころか、徐々に増えてすらいる。
時には、廊下まで人が溢れた。
廊下を歩くだけでも、視線が集中する。
周囲の歩速が落ち、噂話が漏れ聞こえてくる。
「……あれが」
「一般科で上級科を……」
良い評価ばかりはない。
上級科生にとっては、歯噛みする状況だった。
「あんな状況でなければ、対抗戦には俺が出ていた」
「クラウディア様にどうやって取り入ったのやら……」
「一般科生のくせに」
もともと魔術学院内での上級科と一般科の仲は良好だった。
しかし、それは魔力量の差、身分の差が明確であったからとも言える。
お互いに分を弁えていた。
レオンの活躍はそこに波風を立てていた。
質問の内容によっては理解が難しくなることもある。
レオンは端的に説明するが、説明は短く、補助も例示もない。
「出力は固定値じゃない。流量を制御すれば偏差は圧縮できる」
「全員が同じ条件である必要はない。役割を分ければ成立する」
次第に、レオンの話を解釈するものが現れる。
誰かが言葉を拾い、別の誰かがそれを繰り返すことで、概念だけが先行して拡散していく。
「レオンさんの話はとても斬新です」
理解の有無にかかわらず、納得が成立してゆく。
刺激的な言葉だけが独り歩きしてゆく。
「魔法は、魔力だけにあらず」
だれかが言った。
もはや、レオンの言葉なのか、解釈によるものなのか、それすらわからない言葉が渦巻き始める。
それでも、中心にはレオンがいた。
レオンは振り返らない。
歩調も変わらない。
周囲の渦だけが拡大し、学院内に見えない線が引かれてゆく。
【シーン②:距離】
いままで、レオンの隣にはマルセルがいた。
それがいまでは押し出されるように、マルセルは教室の端に立っている。
数歩の距離ではあるが、それ以上にレオンとの距離を感じる。
「魔法は、魔力だけにあらず」
どこからか聞こえてきたその言葉が、マルセルには重く聞こえる。
「出力より、制御の方が大事らしいよ」
「いやいや、一番大事なのは詠唱の構成だっていってたぜ」
誰かが拾い、誰かが継ぎ足した言葉だった。
しかし、それがレオンの言葉なのかどうか、マルセルには判断できない。
――よく、わからない。
ひとり寄宿舎に戻っていった。
夜。
寄宿舎の部屋。
レオンは部屋に持ち込んだ大量の本を次々めくっていた。
最近は講義の後にずっとつかまっているため、落ち着いて図書館へも行けない。
図書館で本を読んでいると、だれかが寄ってきて、読みかけの本について質問がはじまる。
応えているうちに閉館の時刻となる。
図書館内での会話に、司書の視線も冷たい。
居たたまれなくなって、自室に持ち込むのだ。
レオンは、嵐が過ぎるのを待っていた。
夜は更けている。
あかりはまだ灯っており、ページをめくる音がする。
マルセルもベッドに横になりながら、眠れないでいた。
「あの……」
勇気を出してレオンに声をかける。
「なんだ」
短い応え。
本から顔は上げない。
「昼間、みんなに言っていた、出力と制御の話なんだけど……」
「出力と制御は分けて考えたほうがいい。出力がなくとも、制御によって効果はあげられる」
「……あ、……そうですよね」
聞きたい言葉ではなかった。
けれど、レオンはすでに本に戻っていた。
――出力がなくとも
自分に向けられた言葉ではないことは分かっている。
それでも。
――僕には出力しか
マルセルは、横になったままレオンに背を向け、小さく丸まった。
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