第33話 星
【シーン①:呼び出し】
授業が終わると同時に、レオンは席を立った。
向かう先はいつもと同じ、図書館だ。
そのときだった。
耳元に、意味だけが届く。
――レオン。
音魔法だ。
反射的に振り向くと、廊下の柱の影から、白い手が軽く揺れた。
その手の主を見て、レオンは驚いた。
クラウディアだった。
レオンは一瞬だけ視線を伏せると、そちらへ向かう。
距離を詰め、迷いなく片膝をつく。
「お呼びでしょうか」
「やめてちょうだい、それ」
即座に返ってきた言葉は軽い。
「校内でそういうのは止めてもらっているの。面倒だから。普通に話して」
顔を上げると、対抗戦のときと同じ余裕の表情がある。
「頼みがあるの」
前置きもなく、本題に入る。
レオンは黙って続きを待った。
「あなたの同室の子、マルセル。あの子に関してよ」
一瞬だけ、思考が止まる。
そして、その次の言葉で、完全に止まった。
「エミリエが、あの子にご執心なの」
理解に、数拍かかった。
「……は?」
思わず声が漏れる。
クラウディアは気にした様子もなく続けた。
「知らなかった?
あの子、結構人気あるのよ」
レオンは無言で首を振る。
クラウディアは指を折りながら数えるように言う。
「背が高くて、見た目もいい。優しいし、魔力量も多い。
たまに失敗するのも、可愛いって評判」
少しだけ口元が緩む。
レオンは理解した。
自分の認識と、周囲の評価が乖離している。
だが、それ以上に重要なのは別の点だった。
「……それで」
「今年で私たちは卒業よ」
言葉が少し重くなる。
「学院にいる間しか、こういう機会はないの。
あの子には、ちゃんと経験してほしいと思ってる」
口調は軽いまま、視線だけがわずかに強くなる。
「週末の星夜祭で、マルセルに告白させてほしいの」
結論は明確だった。
「手伝ってくれる?」
断れる状況にない。
しかし、あのマルセルだ。成功するとも思えない。
いや、待て。
「告白させる、とはどのようにするのでしょう?」
「星のついたアクセサリーを、エミリエに渡すのよ。マルセルが」
――それだけなら、勝算はあるかもしれない。
頭の中で条件を並べる。
心当たりはある。
渡すだけなら成功率はなくはない。
王侯貴族に恩を売ることも、悪くない。
そして何より、マルセルの顔が浮かぶ。
借りがないわけではない。
「……承知しました」
短く答える。
クラウディアは満足そうに頷いた。
「助かるわ」
その笑みは、どこか楽しげだった。
【シーン②:星夜祭】
「星夜祭、どう思う」
横になりながら、何気なく問いかける。
マルセルの動きが一瞬だけ止まる。
「……ぼ、僕には、関係ないです……よ」
そう言いながら、どこか遠くを見る。
レオンは横目でそれを見逃さない。
対抗戦の後、マルセルが話していたことがある。
「去年の対抗戦で、怪我を治してくれた女性がいたって言ってたな」
マルセルの肩がわずかに揺れる。
「名前ぐらい、わからないのか」
水を向ける。
しばらく沈黙してから、ぽつりと答えた。
「……エミリエさん、っておっしゃるらしいんです」
「調べたのか」
「……はい」
少しだけ恥ずかしそうに頷く。
「一年、かけて……」
レオンは内心で設計を確認する。
心当たりは正解していた。
対象は一致している。
条件は整った。
成立する。
週末が来た。
星夜祭の夜、灯りが並び笑い声が絶えない。
普段は見せない表情の生徒たちが、そこかしこにいた。
レオンの後ろをマルセルが歩く。
目的地は、クラウディアに指定された校舎裏の一本杉だ。
なにもいわずに進むレオン。
背後から、マルセルの不安が伝わってくる。
一方、レオンも困っていた。
事前に話せば小心者には耐えられない。
目的地まで連れてきたものの、この先にアイディアはない。
頭の奥に相談したが、当然回答は得られない。
たどり着いた答えはこれだった。
一本杉の下で、レオンは手の中の小さな箱を、マルセルに押し付ける。
「これは?」
「まだ開けるな」
無理やりマルセルに握らせる。
「任務だと思ってくれ。
これからここに一人の人が来る。その人にこの箱の中身を渡せ」
「……どういう」
まったくわからないという顔をするマルセル。
レオンは、マルセルの勘が悪いことを初めて感謝した。
「わかったな」
念を押して、マルセルを置いて去る。
レオンの命令は絶対だ。
マルセルは心細くて倒れそうになりながらも、箱を握りしめ、来ると言われる人を待った。
レオンは物陰からマルセルを見守る。
エミリエのほうはクラウディアが連れてくる算段だ。
校舎裏は夕闇に浸り、物音ひとつなかった。
空が、やけに近かった。
向こうから人影が二つ。
クラウディアがエミリエを連れてきたと思ったレオンの表情が曇る。
人影は男女。
楽しそうに笑いながらこちらに歩いてくる。
格好から見て、一般科の下級生だ。
――イレギュラーだ。
レオンは周りを見て他に誰もいないことを確認すると、詠唱を始めた。
幻影魔法。
行く手にヴォルフの人影が現れる。
精巧な作りだ。
下級生二人はそれを目にすると、驚いて踵を返した。
「いまのは、なに」
レオンの耳元で声がした。
クラウディアだった。
幻影はすでにかき消えている。
「あんな魔法、みたことがない……」
レオンの顔を覗き込むように、クラウディアが迫る。
近い。
レオンは視線を逸らす。
その時、ひとりの人影が見えた。
歩く姿から上級科の生徒と分かる。
長い髪をサイドでまとめている。
「あれは」
「静かに」
クラウディアがレオンの袖を引いて茂みに隠す。
エミリエが一本杉の下で待つマルセルに近づく。
遠間からでは二人の表情は見えない。
音も聞こえない。
影が動く様子だけが伝わる。
マルセルがエミリエに箱を渡す。
エミリエが箱を開け、動きを止める。
そして。
「あとは二人に任せましょう」
クラウディアはそっと立ち上がると、レオンを促した。
頷いて従う。
「もう一度だけ聞くけど、あの魔法は何?」
並び歩く二人の足元は、魔導灯の光で照らされていた。
「なんのことか、分かりかねます」
とぼけるレオンに、クラウディアは楽しそうな笑みを返す。
「切り札ってことね」
レオンは答えない。
「あなた、面白いわね」
去り際にクラウディアはもう一度笑った。
その笑みが、しばらく残った。
最後までお読みいただきありがとうございます!
もし「面白い!」「続きが気になる」と思ってくださったら、
★や感想で応援していただけると、執筆の励みになります!




