第32話 最適化
【シーン①:講義】
三学年に進級してから、講義の内容は明確に変化していた。
個々の魔法技術ではなく、世界そのものを前提とした体系的な理解へと移行している。
本日の講義も、その流れに沿ったものだった。
「ヒト族以外の種族について説明する」
教壇に立つ講師が、淡々と告げる。
この世界には、ヒト族のほかに複数の種族が存在している。
エルフ、ドワーフ、ビーストマン。
そして、伝承上の存在として語られる神族と魔族。
まず取り上げられたのはエルフだった。
長命種であり、平均寿命は百年から千年に及ぶ。圧倒的な魔力量を持ち、消費に対する意識が薄い。
特徴的なのは詠唱であり、日常会話と明確に切り分けられていない点にあると説明された。
言語と詠唱が混在している。
その事実を聞いた瞬間、レオンの思考がわずかに反応する。
詠唱は固定された手順ではない。
思考や言語と連続したものとして扱われている。
形式に従うのではなく、構造として運用されている。
続いてドワーフの説明に移る。
ヒト族と同程度の寿命を持つが、魔力量は少なく、強力な魔法を扱うことはほとんどない。
代わりに技術と蓄積によって不足を補い、そもそも魔法を用いない選択を取る個体も少なくないという。
魔法を前提としない最適化。
それもまた一つの解だった。
そしてビーストマン。
短命種であり、平均寿命はヒト族の半分ほど。
成長速度が速く、魔法の扱いは直感的であるとされる。
詠唱という概念を持たず、感覚的に発動しているように見える。
だが、客観的には一定の発音を伴っており、固定文言の超高速詠唱と解釈されている。
速度は極端に速いが、構造は単純で応用性に乏しい。
講師の説明はそこまでだった。
レオンは視線を落とし、思考を整理する。
エルフは言語化。
ドワーフは切り捨て。
ビーストマンは高速化。
それぞれアプローチは異なるが、共通しているのは詠唱という構造に対して手を入れている点だった。
固定された形式を前提としていない。
ならば、詠唱は絶対的なものではない。
構造であり、手順であり、再構成可能なものだ。
詠唱は、最適化できるのか。
思考が一段深く沈む。
講義は神族と魔族の話へと移っていたが、レオンの意識はすでにそこにはなかった。
生態不明、存在未確認という説明は耳に入っているが、それ以上の意味は持たない。
必要なのは情報だ。
授業だけでは足りない。図書館での確認が必要になる。
構造を詰めるための材料が、まだ不足している。
【シーン②:寄宿舎】
夜はとっくに更けていた。
窓の外は静まり返り、寄宿舎の廊下にも人の気配はない。
窓の中は、小さな光が揺れている。
レオンは机の上のそれを見下ろしたまま、ゆっくりと息を吐いた。
机を挟んで、マルセルが座ったまま固まっている。
「……すごい……」
それしか出てこない。
机の上にいるのは、手のひらほどの大きさのマルセルだった。
輪郭は揺らぎながらも、確かに形を保っている。
光が水の粒に屈折し、立体を結んでいた。
幻影魔法。
ついこの間まで、マルセルの協力が必須だった、レオンのオリジナル魔法。
それを、レオンは単独で成功させた。
レオンは視線を外さず、淡々と口を開く。
「ビーストマンの高速詠唱で、単純に詠唱速度を上げた」
マルセルは瞬きを繰り返す。
理解が追いついていない。
「あと、エルフの詠唱の言語化をヒントに、詠唱自体を短縮した」
「それは……どういう……」
「全部を詠唱する必要はない。繰り返し使う構造は、まとめて指示語に置き換えればいい」
さらりと言う。
だが、その内容は常識から外れていた。
詠唱は一語一句が意味を持つ。それが前提だ。
それを削るという発想自体が、通常は成立しない。
「……指示語って……?」
「一度構築した魔法構造を、再利用してるだけだ。毎回ゼロから組む必要はない」
マルセルは黙る。
理解できない。
理解しようとして、途中で諦める。
自分の知っている魔法とは、あまりにも違う。
魔法を詠唱として捉える限り、そこにあるのは単純な因果の積み重ねだ。
だが、レオンのやっていることは違う。
構造を組み、圧縮し、再利用する。
まるで別の体系だった。
幻影が、わずかに揺れた。
一瞬、輪郭が崩れかける。
光の層が歪み、水の粒が散りかける。
だが、崩れない。
レオンは小さく口を動かす。
制御が上書きされ、像が持ち直す。
何事もなかったかのように、再び形を保った。
マルセルは息を呑む。
今の一瞬が危ういものだったことは、何度も失敗に付き合ってきたマルセルにはわかる。
本来なら、複数の工程が同時に走り、互いに干渉しているはずだ。
詠唱すら聞こえない。
信じられない。
「……すごい……」
もう一度、同じ言葉が漏れる。
それ以外に、表現のしようがなかった。
幻影が、ふっと明滅する。
限界が近い。
負荷が積み上がり、維持が難しくなる。
やがて、像は崩れた。
光が散り、水が霧のように消えていく。
静寂が戻る。
マルセルは、しばらく何も言えなかった。
いままでも、レオンはすごいと思っていた。
ただ、ふたりであれだけ苦労した魔法を、たったひとりで成し遂げるその姿は、表現できない。
少し、レオンとの距離を感じた。
レオンは椅子に背を預ける。
深く息を吐く。
疲労はある。
だが、それ以上に、思考が止まらない。
もっと削れる。
もっと速くできる。
もっと複雑に組める。
「――詠唱は、最適化できる」
ぽつりと呟く。
すでに結果が出ている。
だが、足りない。
レオンは小さく首を振る。
「――まだだ」
到達点は見えない。
だからこそ、止まる理由もない。
レオンの視線は、すでに次を見ていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
もし「面白い!」「続きが気になる」と思ってくださったら、
★や感想で応援していただけると、執筆の励みになります!




