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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
魔術学院編
31/111

第29話 対抗戦の影

【シーン①:強制見学】

 季節は十月に入っていた。

 

 学院の空気は、普段とは明らかに異なっている。

 正門の外側には露店が並び、街道に沿って人の流れが伸びていた。

 串焼きなどの軽食だけでなく、簡易魔道具の実演販売のような魔術学院らしい店も並ぶ。

 

 来場者は生徒だけではない。

 保護者や関係者の姿も多く見られる。

 二校あわせて三百を超える生徒に加えて外部の人間が流入している。

 人の密度は普段とは比較にならなかった。

 

 

 対抗戦。

 年に一度、王国内のもうひとつの魔術学院との交流試合である。

 レオンたちが通う王都の魔術学院は王都校と呼ばれ、対戦相手は冬都校という。

 余談ではあるが、冬の間に王族は雪に閉ざされる王都を離れて、別の都市で政務を執り行う。

 その都市を冬都と呼び、そこにあるから冬都校という。

 

 王都校と冬都校の対戦競技の種目は多岐にわたる。

 対抗戦の出場選手は、主に三学年と四学年で、二学年と一学年はただの観客でしかない。

 昨年も同様の催しはあり、レオンは一度見て十分だと判断している。

 今年は最初から図書館で時間を使うつもりだった。

 

 

 人の流れから外れ、図書館へ向かう。

 

「どこへ行く」

 背後から声がかかった。

 足が止まる。

 振り返るとヴォルフが立っていた。

 

「いえ、ちょっとそこまで……」

「図書館は禁止だ」

 見抜かれている。

「わかりました」

 曖昧にかわそうとする。

 ヴォルフは逃さない。

「見学のレポートを提出しなさい」

 レオンは言葉に詰まる。

「内容も吟味するからな」

 選択肢はない。

 レオンは一度だけ周囲を見渡し、騒がしい空気を眺めてから、短く答えた。

「……承知しました」



 人の流れへ戻る。

 

 生徒の研究発表展示などを見て回るが、レオンの目にはどれも新規性がない。

 足は自然と緩み、意識は周囲から離れて思考へ沈む。

 

 

 そのとき、視界の端で動きが引っかかった。

 人だかりができている。

 見慣れない制服の生徒たちがその中心に立っている。

 対面しているのは、冬都校の生徒同士のようだった。

 立ち位置の差から、圧をかけている側と受けている側に明確に分かれている。

 

 レオンは足を止め、距離を保ったまま観察する。

 その辺の展示よりは、観る価値はありそうだ。

 

 

【シーン②:干渉】

 人垣の中心で、小柄な生徒が一歩前に出る。

「申し訳ありません、ドルト様」

 相対した生徒が許しを請うように小柄な男に跪く。

 ドルトと呼ばれた生徒は、その立ち居振る舞いと周囲の反応から、上級科であることが疑いようがない。

 両者とも王都校では見たことがない。

 

――冬都校の上級科生と一般科生か。

 

 ドルトは対面する一般科の生徒を見下ろしながら言葉を投げる。

 跪く生徒からは、謝るばかりでまともな返答は得られない。

 その様子にわずかな苛立ちを見せると、ドルトは片手を上げて詠唱を始めた。

「……グラヴィクス」

 発動と同時に空気が沈み、跪いていた生徒が床に押し付けられた。

 

――重力魔法だ。

 

 書籍で存在は知っていたが、実際の行使を見るのは初めてだ。

 一部の王侯貴族にのみ伝わる特有魔法の一種。

 その現物が目の前で使われていた。

 

 興味はある。

 観察する目が変わる。

 

 詠唱は粗く、発音や間の揃いも甘い。

 発動自体は成立しているものの、制御は不十分であり、魔力の流れも無駄が多い。

 全体として効率が悪いにもかかわらず、床に押し付けられた生徒は苦しそうだ。

 

――魔力でゴリ押しか。

 

 魔法としては成立している。

 だが、美しくない。

 

 

 ドルトが視線を巡らせる中で、レオンと目が合う。

 一歩踏み出した姿勢のまま、互い意図を測るように見合う。

 レオンは反応を返さない。

 ただ観察を続けていた。

 

 

 そのとき、人の流れに押されるようにして長身の男が輪の内側にはじき出された。

 マルセルだ。

 運悪くドルトの目の前に出る。

 

「なんだ貴様は」

 視界を遮られたドルトの声が荒く響く。

 ドルトの視線が、下から上へと動く。

 反り返るほど、見上げる様になる。

 一方、マルセルはドルトを見下ろす形になっていた。

 

「……なんだ、そのでかさは」

 声が歪む。

 両者には、頭三つ分ほどの差があった。

 

 再び手が上がり、詠唱に入る気配が見える。

 重力魔法の行使であることは明らかだった。

 

 レオンは一瞬で状況を整理する。

 相手は他校の上級科であり、この場には保護者もいる。

 ここで衝突すれば得るものはない。

 

 レオンは詠唱を短く挟む。

 

「ヴォクス」


 音を生成する魔法。

 視界の先にいたヴォルフの動きが変わり、こちらへ注意が向く。

 

「何をしている」


 低い声が割り込んだ。

 駆け付けたヴォルフが間に入る。

 ドルトは舌打ちをし、手を下ろした。

 

 

「……失礼しました、講師殿」

 言葉は丁寧だが、態度は崩さない。

 魔法は止まっている。

 

 周囲の緊張が緩む中で、マルセルはすぐにレオンの後ろへ下がり、半歩だけ距離を取った。

 視線は下がったままだが、逃げる動きではない。

 

 ドルトの視線がレオンへ向く。

 細められた目が、誰が介入したのかを理解していることを示していた。

 短い静止のあと、ドルトは何も言わずに踵を返し、そのまま人の流れの中へ消えていく。

 取り巻きもそれに続いた。

 

 騒がしさが戻る。

 ヴォルフはレオンを一瞥しただけで、その場を離れた。

 レオンは視線を戻す。

 

 

 マルセルがレオンを見つけて寄ってきた。

 通りから少し離れたところで、マルセルが口を開く。

「……すみません。見えてなかったんです」

 声は小さいが、震えてはいない。

「問題ない」

 レオンは歩きながら答える。

 

 事実として、被害は出ていない。

 マルセルはそれ以上言葉を重ねず、横を歩く。

 

 

 レオンの意識はすでに別のところにあった。

 重力魔法という一般的な体系外の魔法。

 微かに聞こえてきた属性や定義は、これまで読んだどの資料にもあてはまらない。

 そして、あの荒い詠唱と制御でも人を押しつぶさんばかりの魔力。

――魔力量はマルセルと近いかな


 横でマルセルが小さく言う。

「……さっきの人、すごかったですね」

 レオンはわずかに間を置く。

「成立はしていた」

 それだけを返す。

 マルセルはその言葉をそのまま受け取り、答えとして納得したように頷いた。

 

 レオンは前を見る。

 表に出ているものは一部に過ぎない。

 その先にはまだ層がある。

 

 思考は次の段階へ進み始めていた。

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