第28話 魔道具
【シーン①:疑問】
冬の休暇が終わり、学院に再び生徒たちが戻ってきた。
二学年に進級し、講義の内容も一段階上のものへと移行する。
本日の授業は魔道具の実習だった。
教室ではなく、専用の実習室に案内される。
室内は広く、中央には作業台が等間隔に配置されている。
生徒は八人ずつ、五つの班に分けられていた。
上級科と一般科が混ざる構成。
「本日から魔道具の実習を開始する」
ヴォルフは簡潔に告げた。
「魔道具は高価だ。取り扱いには細心の注意を払え」
言い終えて、レオンに視線を移す。
計測装置事件のことを、まだ根に持っているようだ。
各班に配布されたのは、小型の魔導灯だった。
掌に収まる程度の筐体で、中央に透明な窓があり、その奥に淡い光を帯びた石が見える。
「魔道具は、魔石に蓄積された魔力を用いて魔法を持続させる装置だ」
ヴォルフの説明が続く。
「内部には詠唱が刻まれている。起動時には該当する詠唱をなぞり、魔力を流し込むことで動作する」
あらかじめ魔法が定義されている構造。
術者はそれを再現するだけでよい。
「魔力量が多いほど起動は容易になる」
まずは上級科の生徒に試すよう指示が飛ぶ。
レオンの班の、上級科生が進み出る。
魔導灯を手にし、短く詠唱すると、滑らかに、抵抗なく、光が灯る。
起動後も滞りがない。安定している。
傍らに立つ新人講師が、すかさず声をかける。
「さすが上級科ですね」
次に、一般科の生徒が順に試す。
詠唱自体は間違っていないが、魔力の流し方にばらつきがある。
光は何度か明滅してから灯る。
起動しても揺らぎがあり、ほどなく消える。
新人講師は何も言わない。
口出しをせず、次の一般科生に促す。
意図は明確だった。
上級科と一般科の差をみせる構図だ。
レオンはその様子を横目に見ながら、自分の順番を待つ。
視線は自然と魔石へ向いていた。
小さな結晶体である魔石。
しかし内部には、確かに魔力が存在している。
構造としては単純で、魔力を蓄え、外部へ供給する媒体。
魔力の結晶体だ。
順番が回ってくる。
魔導灯に手を添える。
内部の構造を意識する。
詠唱は固定されている。
流すべき経路も定まっている。
術者に求められるのは、構造への適合。
詠唱をなぞる。
魔力を流す。
光は揺らぐことなく点灯した。
最初からそこにあったかのような、自然な安定性。
講師がわずかに視線を上げる。
班のメンバーが、上級科生含め、感嘆する。
レオンは特に反応を示さず、手を離す。
起動は問題ない。
構造を理解していれば再現できる範囲だった。
むしろやり過ぎないことに、レオンは注意を向けていた。
冬の休暇で故郷アイゼンヴァルトに戻った際に、父上に言われた。
「分を弁えろ」
と。
意識を切り替える。
魔石。
魔力の蓄積と出力。
ヴォルフの説明では、原石の状態では出力が出ないとされている。
詠唱を刻むことで効率が向上し、魔道具として成立する。
理屈としては理解できる。
しかし前提に違和感が残る。
魔力を蓄え、外部へ供給するというシンプルな構造であれば、
原石の状態で出力が出ない、ハズはない。
出力が出ないことには何か理由がある。
単に、出力できていないだけではないか。
魔石の扱いに構造的な問題があるのか。
詠唱を刻む以外の方法はないのか。
視線が再び魔石へ向く。
固定された詠唱。
固定された挙動。
安定している理由は明確だった。
変化しないからだ。
ならば、変化させた場合はどうなるか。
思考はそこで止まる。
発想はある。
しかし形にならない。
結論に至るには情報が足りない。
――実験したい。
しかし、レオンはその思いを嚙み潰した。
さすがに魔石は高額すぎる。
この魔導灯も、馬車一台と等価と聞いた。
授業はそのまま進行し、特に問題なく終了した。
【シーン②:マルセル】
実習室を出た後、廊下を歩く。
マルセルが隣に並ぶ。
以前と比べて、歩幅がわずかに安定している。
冬の帰省で何かあったのだろうと、レオンは考える。
「さっきの……すごかったです」
声に以前ほどの震えはない。
「そうでもない」
レオンは短く返す。
結果として成立しただけで、特別な技術ではない。
マルセルは少し考え込むように視線を落とした。
「魔道具って、便利ですよね」
「用途が限定されている分、扱いやすい」
レオンは歩きながら答える。
「でも、用途が限定されている……てことは、ほかの用途に使えない、ってことだから、不便ともいえる……んですかね」
言葉を探しながら続ける。
「なんていうか……、高い……ですからね。用途に応じて全部揃えるって、大変……ですよね。
何でもできる魔道具とかできないんですかね」
レオンは一瞬だけマルセルを見る。
方向は近い。
精度は低いが、着眼点は悪くない。
マルセルは言葉を切り、わずかに間を置く。
「……と思うんですけど、考え方、合ってますか?」
上目遣いでレオンを見る。
判断を求める目だった。
結論を出す役割を、自分ではなく他者に置いている。
レオンはその視線を受け止め、短く答える。
「前提を疑うのは悪くない」
一拍置く。
「できるかどうかは、その後で考えればいい」
マルセルは小さく頷いた。
表情に迷いは残っている。
同時に答え合わせをして安堵しているような表情。
レオンに合わせに来ている。
自分の思考ではなく、レオンの反応を待っているようだった。
廊下を進みながら、レオンは思考を巡らせる。
考えることはたくさんある。
まだ形にはならない。
ただ、確かに何かが引っかかっている。
確かめたい思いと現実の間で揺れる。
――「分を弁えろ」
答えへの道も見えないまま、部屋に戻った。
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