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マギ・エンジニアリング  作者: 竜屋
魔術学院編
28/111

第26話 没頭

【シーン①:日常】

 入学から一ヶ月が過ぎた。

 

 

 学院での生活は、驚くほど早く日常へと変わっていた。

 起床の時間、講義の流れ、寄宿舎での過ごし方。

 すべてが規則に沿って動いている。

 最初に感じた違和感は薄れ、代わりに効率の良い動き方が身体に馴染みつつあった。

 

 レオンの生活は単純だった。

 講義を受けるか、図書館にいるか。

 そのどちらかで一日の大半が終わる。

 

 

【シーン②:図書館】

 図書館は広いが、整ってはいない。

 棚は系統ごとに分けられているように見えるが、その基準は曖昧だった。

 同じ属性の魔導書が別の区画に混ざり、関連書が離れて配置されていることもある。

 目録はあるにはあるが不完全で、古い記録は更新されていない。

 探している本が見つからないこともあれば、記録にない本が棚に紛れていることもあった。

 

――効率が悪い。

 

 レオンは机に着き、その周囲に本を積み上げていた。

 左右、足元、背後。

 手を伸ばせば届く範囲に、無秩序に積まれた魔導書が山を作っている。

 読み終えたもの、途中のもの、これから確認するものが混在していた。

 

 一冊を手に取る。

 ページをめくる。

 視線が滑るように進む。

 内容の理解と選別が同時に進む。

 読んでいるというより、構造を拾い上げているに近い。

 数十ページを数分で通過し、使える記述とそうでないものが切り分けられていく。

 

 

 常人の読書速度ではない。

 だが、レオンにとってはこれが基準だった。

 

 手が止まる。

 記述に違和感がある。

 既知の理論と合わない。

 

「この記述は、これまでの理論と反する。どう見る」

 いつもの反応が、頭の内側から返ってくる。

≪80%の確率で記載誤りと考えられます。全体を通して整合性が取れていないことから、偽書と推定されます≫


「ハズレか」

 本を閉じる。

 山の一角に無造作に積み上げる。

 使えない本の側だ。

 似たような本がいくつもある。

 検証されていない記述、出典の曖昧な理論、それらが整理されることなく並んでいる。

 

 

 視線を上げる。

 格子戸の向こうに閉架の棚がある。

 戸には鍵がかかり、閲覧には申請が必要だ。

 すぐに確認したい内容ほど、そこに収められている。

 禁書に関しては、そもそも所在が明示されていない。

 

 許可を求めた。

 しかし、入学早々に問題児認定をされてしまったことで、しばらくは叶わなそうだった。

 

「……」

 

 量が揃わない。

 質も一定ではない。

 体系的に整理しようとすると、前提が崩れる。

 

 レオンは次の本を取る。

 読み、判断し、振り分ける。

 その繰り返し。

 時間だけが静かに過ぎていった。

 

 

【シーン③:食堂(昼)】

 昼の食堂は、夜よりも人が多い。

 それでも席は埋まりきらず、ところどころに空きがある。

 レオンは空いている席に座り、食事を取る。

 

 向かいに人影が立つ。

「……あの、ここ…、いい、ですか……」

 マルセルだった。

 

 頷くと、安心したように座る。

 しばらく無言で食事が続く。

 やがて、マルセルが口を開いた。

 

「き、今日の……授業、その……むずかしくて……」

 視線を落としたまま言う。

「魔力の流れを……安定させるところで……」

 言葉が途切れる。

 レオンは手を止めない。

「出力を落とせばいい」

 短く返す。

 マルセルは一瞬固まり、慌てて頷く。

「あ、ああ……そ、そうですよね……」

 何度も繰り返す。

 納得というより、掴みきれていない様子だった。

 

 

 食事が進む。

 マルセルはちらちらと視線を上げては、すぐに逸らす。

「レオンさんは……図書館、ですか……」

「ああ」

「ずっと……。すごい……です……」

 小さな声だった。

 

 それ以上は続かない。

 会話はそこで途切れた。

 

 

 レオンは食事を終えると、そのまま立ち上がる。

 向かう先は決まっていた。

 図書館だった。

 

 

【シーン④:呼び出し】

 図書館を出たときには、すでに日が落ちていた。

 閉館の合図とともに人が流れ出る中、レオンも外へ出る。

 

 寄宿舎へ向かう途中だった。

 

「レオン」

 名前を呼ばれる。

 

 振り向くと、講師ヴォルフが立っている。

 短く合図され、無言で従う。

 

 通されたのは講師室だった。

 

 

 ヴォルフは椅子に座り、視線だけを向ける。

 

「剣技の授業に出ていないな」

 確認だった。

「最低限は出ています」

「足りていない」

 間を置かず返される。

 レオンは否定しない。

 

「魔法だけで完結すると思うな」

 低い声が続く。

「距離が詰まれば、発動は間に合わん。詠唱の途中で潰されることもある」

 実戦想定。

 

「何を捨てるかは自由だ。

 ただし、お前は剣技コースだ。

 剣技を捨てては、生き残れんぞ」

 ヴォルフはレオンを覗き込む。

 

 レオンは一度だけ頷く。

「理解しています」

 返答はそれだけ。

 

「次からは出ろ」

「はい」


 退席した。

 

 

【シーン⑤:夜】

 部屋に戻ると、マルセルは机に向かっていた。

 

 本を開き、身を縮めるようにして文字を追っている。

 指でなぞりながら、一行ずつ確認している。

 止まり、戻り、また進む。

 同じ動作の繰り返し。

 レオンは一度だけ視線を向け、すぐに外した。

 

 机の上にあるのは、実務科の教材だった。

 法律や帳簿の扱いに関する内容が並んでいる。

 魔法とは直接関係のない、運用のための知識。

 

 レオンとマルセルではコースが違う。

 レオンは父の影響で剣技コース。

 マルセルが実務コースなのは、おそらく推薦人の意向だ。

 扱う内容も、求められるものも異なる。

 

 マルセルは時間をかけて読み進めている。

 効率は悪い。

 それでも手を止めない。

 残念な奴だ、とは思う。

 

 

 レオンはベッドに横になり、目を閉じる。

 思考の中で、今日の情報を整理する。

 途中で、別のことが浮かぶ。

 

 魔力測定室。

 

 あの夜以降、扉には厳重な鍵がかけられている。

 封印も追加され、講師以外は立ち入れなくなった。

 監視も増えている。

 数値で確認できる手段が、封じられてしまった。

 

 わずかに思考が止まる。

 すぐに切り替える。

 できないものは後回しにする。

 別の方法を考えればいい。

 完全でなくても、近似は取れる。

 そう結論づける。

 

 

 壁際に寝がえりをうつ。

 背後で、ページをめくる音が続いている。

 マルセルはまだ止まらない。

 同じ箇所を何度も読み返している。

 努力は認める。

 だが、惜しい。

 

 外は静かだった。

 学院の夜は、何事もなく過ぎていく。

最後までお読みいただきありがとうございます!

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