第25話 誤差の正体
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【シーン①:検証】
深夜の学院では、廊下に並ぶ魔導灯の半分が消灯し、昼間よりも深い闇の中にあった。
足音は床に吸われるように消えていく。
人の気配はなく、時間そのものが止まっているような静けさがあった。
レオンは目的の部屋の前で立ち止まる。
魔力測定室。
昼間と変わらない扉が、今はただ閉ざされている。
手をかけ、わずかな抵抗のあとに押し開くと、内部の空気がゆっくりと流れ出てきた。
冷たい。乾いている。
中央に据えられた測定装置は沈黙しているように見えたが、完全に止まっているわけではない。
微細な振動が空気を震わせ、内部で何かが稼働していることを示している。
レオンは一歩踏み込み、装置の前に立った。
正規の手続きは踏んだ。使用許可は求めた。
断られただけだ。
「学生が扱える装置ではない」
それ以上の説明はなかった。
ならば、扱ってみせる。
必要な検証がある。
装置の操作方法を解析する。
完全ではないが、装置というものの構造は理解している。
結界装置に触れたときと同じ要領で、解析し、断片を繋ぎ合わせていく。
入力、出力、制御。
順に確認する。
いくつかの操作を試すと、装置は素直に反応を返した。
想像していたほど複雑ではない。
停止しているのではなく、常時稼働している系統に測定処理を割り込ませる構造だった。
測定器というより、監視装置に近い。
椅子に腰を下ろし、装置に身を預ける。
まずは基準値。
現在の状態を測定する。
最大:40.16。
現在:38.92。
わずかに減っている。
魔法を使った覚えはない。
それでも差分は存在する。
維持に伴う消費か、あるいはそれに類する何か。
理由は想像できるが、今は追わない。
目的は別にある。
レオンは呼吸を整え、次の操作に移る。
「ライト・マクシメル」
強い光が生まれ、消える。
再度測定。
現在:37.62。
差分:1.3。
この1.3が「ライト・マクシメル」の基準値だ。
そのまま次に進む。
「ライト・マクシメル・ループ10」
同一魔法を連続条件を付けて実行する。
強い光が断続的に発生し、一定のリズムで消えていく。
測定。
現在:24.23。
頭の中で計算する。
理論値:1.3×10=13。
実測値:13.39。
差分:0.39。
レオンは視線を数値に固定した。
誤差。
そう呼ぶことはできる。
しかし、その一言で片付けるには大きすぎる。
感覚的に許容していた範囲から明らかに外れていた。
ループ回数を考慮しても、このズレは無視できない。
念のため再計測するが、値は変わらない。
――意外と正確なのか。
計測装置には揺らぎがあると思っていたが、この魔力計測器は優秀なようだ。
レオンは別の魔法を選択した。
「ヴェント・トゥル・ヨワ」
小さな風が発生し、すぐに消える。
測定。
現在:22.36。
差分:1.87。
基準値は1.87。
続けて条件付き。
「ヴェント・トゥル・ヨワ・ループ10」
測定。
現在:3.10。
計算する。
理論値:1.87×10=18.7。
実測値:19.26。
差分:0.56。
静かに息を吐く。
結果は揃った。
魔法の種類に依存しない。
いずれも理論値より多く消費している。
増減の揺らぎは見られず、すべて同じ方向に偏っている。
誤差という言葉自体は間違っていない。
理論値との差分という意味では、その通りだ。
ただし、性質が違う。
もし単なる誤差であれば、値は上下にばらつくはずだ。
実測は一方向に揃っている。しかも、回数に応じて増加し、規模も近い。
偶然では説明がつかない。
思考はさらに回る。
【シーン②:発見】
この誤差はランダムな揺らぎではない。
発生条件があり、一定の方向に積み上がる。
処理を追加するたびに、余分な消費が発生している。
構造に起因する現象。
条件を付与する。
処理が増える。
そこにコストが乗る。
避けられない。
――オーバーヘッド。
言葉がぴたりと嵌まる。
その瞬間、これまで曖昧だった部分が一斉に繋がった。
条件付き魔法のズレ。
多重詠唱の不安定さ。
ばらばらだった事象が、同じ構造の上に乗る。
「見えていなかっただけだ」
吐き出すように言う。
子供の頃からの違和感。
ルーカスと共に戦った時もあった。
分かっていたつもりだった。
計算していたつもりだった。
誤差として処理し、無視していた。
切り捨てていい領域ではなかった。
積み上がる。
回数に応じて増える。
やがて無視できなくなる。
その先は、決まっている。
破綻。
思考が加速する。
足りていなかった。理解が浅かった。見落としていた。
それでも思考は止まらない。
数値は正しい。
理屈も通る。
だからこそ。
――ずっと、見落としていた。
自然に言葉が漏れた。
危険という認識はない。
恐怖もない。
ただ純粋な興味だけが残る。
立ち上がろうとする。
力が入らない。
膝が崩れ、床に手をつく。
「……まだ、あるはずだ」
測定値はゼロではない。それでも身体は言うことを聞かない。
ズレ。
その認識だけが残る。
視界が暗くなる。
音が遠ざかる。
意識が途切れた。
[Error: RuntimeException]
Cause: Stack corruption during conditional evaluation.
[Warning: ResourceDepletion]
Source: InternalStorage(100%)
Status: Total Drain (Current usage exceeds allocated estimate).
[Notice: UnexpectedVarianceDetected]
Status: Unresolved Process.
Initiating Emergency Shutdown of User Interface...
[System: Rebooting...]
翌朝、魔力測定室で倒れていたレオンは、講師ヴォルフによって発見された。
無断侵入、無断使用。
処分は即日決定される。
そして、入学二日目で懲罰を受けた初の生徒という、不名誉な記録が残った。




